彼女は、おしっこが我慢できない。
尿意を感じてから10分もすれば、彼女の括約筋は悲鳴を上げ、膀胱は自らの器官としての役割を果たそうと、躍起になって収縮をはじめる。
それからもう5分もすれば、アスファルトの隙間に咲く小さな花みたいに、ぽつりぽつり、下着には薄いレモン色が広がって、そこからさらに3分後、意思により制御できる肉体の部分は、思うよりもずっと少ないことを思い知らしながら、重力と結託した本能は、彼女の足もとめがけ水たまりを広げる。
小学校の保健室には、常に数着の彼女の衣類と、「外出時」と書かれた紙おむつの大袋がストックされていたそうだ。
小学校も中学年になると、彼女も周囲も、その特有の体質について理解をはじめ、授業中であっても自由に教室を抜けてよいとの許可と、廊下に最も近い席とが用意され、教師間での共通理解も持たれるようになった。
それでも、保健室から彼女の衣類がなくなることはなかったし、学年を越えてささやかれる「おもらしちゃん」の噂が消えることもなかった。
加えて、年齢が上がるにつれ行動範囲が広がれば、学校以外の場所で彼女が水たまりを広げる機会も多くなる。それは、彼女が外出する機会、特に友人たちと、を奪う結果となった。
もし、彼女が今と違う性格だったら、生まれ持った体質であったり境遇であったりが、もっと凄まじく彼女のこころを締めあげていたんじゃないかと思う。
けれど、彼女は今日も笑顔だ。
トレードマークの、両耳の少し下で束ねた黒髪を揺らして、ありふれた学生同士の挨拶を交わしている。通学かばんのほかにもうひとつ、今風の派手な模様のバッグを提げているけれど、気さくで世話焼きな性格と、少し舌足らずで甘えたような声と、なによりまっすぐな瞳と笑顔を見れば、彼女についての余計な詮索は、意味のないことだと思えるだろう。
夢泉みはる
この春から高校に通う、おしっこが我慢できない女の子。
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