『れもん・どりゐむ2』
彼女は、おしっこが我慢できない。
彼女がからだの内におしっこを止めておける時間は、尿意を覚えてから15分程だという。それを過ぎれば、彼女の意思や置かれている状況は関係なしに、彼女のからだは排泄欲求を満たすため活動し、彼女の足元にはきっと本来そこにつくられるべきではない、水たまりを広げる。
自身のからだについて誰よりもよく理解しているのは彼女だったから、「どうすればおもらしをしないか」を考えるより「おもらしをしたときにどうすれば被害を最小限に食い止められるか」を、考えるようになっていたのは自然のことかもしれない。長時間の外出のときにはおむつを使用し、なるべくおむつの目立たない服装をする、常に換えの衣類を持ち歩く、下着は乾きやすい素材のものを選ぶ、彼女なりの対策を講じた結果、年齢相応に活動範囲が広がっても、多くの人の前で「失敗」をしてしまうような事態は、完全にではないにせよ、回避されてきた。
けれど、同年代の友人のように流行りのおしゃれをすることはできなかったし、長時間お手洗いに行くことが難しいような場所への外出は遠慮をするようになっていたし、なにより、たとえ周囲に気付かれなかったとしても「おもらしをした」事実そのものは、彼女のこころを、重く、鈍く締め付けつづけた。
加えて、彼女が気を使わなければいけないのは日中だけではない。就寝中であっても、彼女のからだが活動を止めない限り、おしっこはつくられつづける。尿意で目が覚めればお手洗いに駆け込むこともできるが、そうでなければ、彼女の目を覚まさせるのは、すっかり冷たくなったシーツの不快感だろう。
だから、就寝時はおむつが手放せなかった。それも、吸収量が多くからだに密着させ装着することができる、テープタイプのものである。彼女の朝は、ずっしりと重くなった大きな下着を外し、熱いシャワーを浴びるところからはじまる。場合によっては、それは朝だけでなく、深夜にも行われているかもしれない。
明るくて、朗らかで、人懐っこくて、世話好きで、とても前向きな彼女であるけれど、自身のからだについて友人たちに告白し、理解を求めることは思春期の少女のこころによって、妨げられた。
夢泉みはる
一見すれば、普通の女子高生となにひとつ変わりない生活を送る彼女だったけれど、そのこころにきっと想像もできない、重く、鈍い鎖が絡みついているのだろう。ちょっとおトイレいってきマス、なんて、屈託のない笑顔で彼女が言うとき、どこか、たとえば救われる思いとともに、そんなことを思う。
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