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「あれェ、ゆう、どこ行くのォ?」
どきん。うそ、みつかった?
まだ少し風の冷たい五月、居残りの太陽が西から照らす頃。
門、というより、塀と塀、くらいの、白い低い校門から、3人、5人、
閑静な住宅街にそこだけ場違いのような花やいだ声をあげて、
流れていく学生たち。みんな、一様に校門を出て左、駅の方へ向かうのに、
いま、ゆう、と呼ばれた少女はひとり、声をかけてくださいと言わんばかりに、
いそいそと右へ曲がった。
「ゆう、寄り道ィ? いィけないんだァ」
「違うのォ、おばさンちが近くなんだけどォ、お母さんにお使い頼まれちゃってェ」
小さな不正を発見した3人の少女は、校門を出たところで足を止めて、
下校の騒々しさにも負けない声を張り上げている。
大して離れているわけではないのだけれど、ついこの間まで、
原色の鞄を背負っていた彼女らは、まるで世界には自分たちしかいないみたいに、
きらきらと笑いながら大声で話を続ける。
「先生に言っちゃうからァ」
「ちょっとォ、本当にィ、わたしだって行きたくていくンじゃないンだからァ!」
「いけないものはいッけないのォ」
ぐう、3対1、旗色の悪さを表情であらわすみたいに、
だんだん眉毛が八の字になる。
「あァ、ゆう泣きそォう」
「泣いてないよォ!」
「ごめんごめェん、じゃあねェ、寄り道ゆう、ばいばァい!」
少女たちは手を振りながら、向きを変える。何か、にやにやしながら
話しはじめるけれど、聞こえはしない。ゆうはまだ眉を八の字にしたまま、だって、
と、口だけ動かすと、くるりと背を向けた。しょうがないじゃん、頼まれちゃったんだもん。
瀬川ゆう子、この春中学校にあがったばかりの彼女は、
あどけないを通り越して、幼い、と言うほうが似合う、黒目がちな細い目に、
ふっくらとし、にきびの一つもない白い頬、背は決して低い方ではないけれど、
肩や袖が明らかに大きい紺のブレザーや、膝したまですっぽり隠すプリーツスカートは、
立派に新入生を主張する。
母親から、学校の近所に住んでいるおば宛の荷物を預かり、
どうせ近いんだから届けてきてよ、と頼まれたのは本当である。
だが、優等生と言えるほど成績はよくなかったけれど、とにかく気真面目なゆうにとって、
入学以来はじめての寄り道は一大決心だった。
先生にはもちろん、出会ってひと月もたたない「親友」たちには見つからないように、
教室から遠い階段を使って一階まで降りよう、職員室の前を通って
掲示物を見ているふりをすれば時間差で学校を出られるだろう、
昨夜は、母親にひとしきり不満をぶつけた後、ベッドにもぐって脱出計画を練り上げた。
今日も6時限目の途中からは、もう計画実行のことで頭がいっぱいになって、
帰りのホームルームの頃には鼓動が速くなるのが座っていても分かるほどだった。
だから、さっきうしろから声を掛けられたときは、本当に心臓がとまるほど驚いたし、
おもったよりあっさり引き下がってくれたときは、心底胸をなでおろす思いだった。
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