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おむつだとおしっこをするのは難しい、なんて職員さんは言っていたけれど、途中から意図的に弛緩させていたせいか、残尿感はまったくなかった。ぜんぶ出ちゃってすっきりです。何考えてるんだ。はっとして、おしりを触る。濡れてはいなけど、ぐしゅ、おむつのなかで液体が動くのがわかった。吸収しきれなかったのかな。
慌てて、その場を離れる。運転席ではまだ運転手さんが何か書き物をしている。わたしには気づいていないみたい。
一歩あるくごとにぐしゅ、肌とおむつがすれる。脚の間で、たっぷり膨らんだ吸収体が主張している。ナプキンの比じゃないな。
大丈夫、だれも気付いてないよ。施設にはいる。お疲れ様、誰かの声がする。これからどうする。まずトイレだ。
トイレのなかを見渡す。どうしよう、どうしよう。おむつ、持って帰らないとまずいよね。そうだ、あの棚。
3段目を開けると、よし、完璧。新聞紙の束と、ビニール袋と、赤ちゃんとかに使う、パック入りのおしりふきが並んで置いてあった。
三つを持って、個室に駆け込む。靴を脱いで、靴下のままトイレの床に立つことのためらいはなかった。ズボンを脱ぎすてる。それから、紙パンツ。
ずっしりと重い、夕焼け色。べちゃ、床に置くと、なんだか酸っぱいようなにおいがした。それから、おしりふき、おまたとおしりと、ごしごしこする。そのまましゃがみこんで、おむつといっしょに新聞紙でくるむ。お願いします。だれも来ないでください。ビニール袋に入れて、かたく口を結ぶ。新聞紙にぽつぽつ、染みが浮かんでいる。このくらいの量だと吸収できないのか、何考えてるんだ。
ジャージのポケットからくしゃくしゃの下着を取り出して、穿く。あんなにごしごし拭いたはずなのに、下着が肌に張り付く気がする。大丈夫かな。トイレの中だからかもしれないけど、なんだか自分がおしっこくさい気がする。大丈夫かな、制汗スプレーでなんとかなるかな。
だれもいないよね? まだあたたかいビニール袋を抱えて、個室を出る。二段目の棚から紙袋を取り出して放り込む。任務完了。笑顔で挨拶をして、控室を目指す。あ、でもこれ、どうやって家で処分しよう。ま、いいか。後で考えよう。
職場体験を通じて、わたしは、介護という仕事のすごさを感じました。介護とは、ご利用者さまの人生を支えることです。それは同時に、自分自身と人生と向き合うということでもあるように思います。わたしは、本当に貴重な体験をすることができました。
鍵を開け、扉を開ける。暗い玄関にまず、灯りをつける。
それから、左手の部屋に向かう。部屋の半分くらいを占めていたベッドがなくなってもうずいぶん経つのに、まだこのがらんとした感じに慣れない。灯りをつける。押入れを開ける。おばあちゃんの荷物はもうだいぶ処分されてしまっているけれど、やり場に困った新品の紙パンツの大袋が3つ、まだここにひっそりおいてある。
口のあいたひとつから、中身を取り出す。
自分の部屋に向かう。灯りをつけ、まず制服を脱ぐ。きっと、ほんの些細なひとことに、こんなに動かされることがあるなんて実感できる瞬間はそうそうない。だからなんだ、って話じゃないんだけど、目の前にある白い四角い紙製品を見ながら、わたしは、どこか運命だとか、必然だとか、そんな、ぼんやりと大きなことを考えていた。
下着を脱いで、紙パンツを穿く。ごわごわにはずいぶん慣れた。
シャツを着て、部屋用のハーフパンツを穿いて。脱いだ制服をハンガーにかけて、ラックにつるす。からだを伸ばすと、下腹部が圧迫されてちりちりする、もう、出ちゃうかも。
今日も一日疲れたぁ。
お疲れさま。よく頑張ったね。
からだが、こころがとけていくような満足感に、すずみは甘い溜息をこぼした。
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