『黒嘘姫の密やかな憂鬱』
―1―
わたくしは黒嘘姫、虚空と漆黒に愛され、なお黒きたましいの純粋、夜の泉です。
わたくしの朝は鴉のくちばしの鋭角により護られる鳥籠のなかで訪れ、わたくしの目覚めは死を迎える諦念と等しく、わたくしは朝を迎えるたび、わたくしの髪と同じ漆黒のドレスを脱ぎ、それは、わたくしの喪が開け死が顕現すること、あらわにされる水晶より白い肌は、美しく飾られた棺のなかに満ちる静謐そのものです。
わたくしは、死にながら生き、死を生するもの、なお黒きたましいの純粋、黒嘘姫です。
わたしは、小さな机の上に置かれた、あめ色の木枠の中のモノクロの鳥籠の写真をぼんやり眺めながら、そこに住まう空想の姫君と、言葉のないおしゃべりを続けていました。
わたし自身が彼女である、そう言ってしまってもいいのだけど、それでは、この小さい机に向き合い白紙の原稿用紙にペンを走らせているわたしはなにものか、なんて、とてもつまらない迷い道に入りこんでしまう。だから、彼女はわたしとは違うのだ、と、一線を越えないように、けれど極めてわたしのこころに素直に、思い描く彼女のひとしぐさひとしぐさを、原稿用紙に記録する。それが作り物、虚構、嘘だというならば、嘘はわたしたちの、密やかな秘密の共有です。
テエブルに、まだかまどの匂いのするパンと、コオヒイと、それから琥珀色の歴史を溶かしたような蜂蜜、朝露をまとう白い林檎の切断された幾片、すべて青みさえ帯びる薄い白い食器に並べられ、わたくしはまだ生きること、すなわち死ぬことの憂鬱を瞼の上にかき混ぜながら、それでもコオヒイから立ち上る儚い美しい蜃気楼と、蜂蜜の甘い誘惑に抗えず、一口、朝食に手をのばすのです。
ああ、わたくしはまた今日も生きてしまう。限りなく死ぬように、生きてしまう。
齧られたパンの小さな歯の痕から蜂蜜が零れるように、わたくしも溶けて、流れてしまえばいいのに。
わたくしは、コオヒイを飲み干すと、食べかけの林檎もそのままに、足元から溶けて流れる幻想を抱きながら、席を立ちます。
別に、人間が嫌いではないけれど、でもどちらかといえば、好きではない。やっぱり嫌いなのか。うるさくて、自分勝手で、醜い。みんなひとりで生きればいいのに、と思う。誰かと仲良くしたり、誰かを仲間はずれにしたり、そんなことばかりして。そんなことばかりして、そうしている間にも、お前たちの命を死に向かわせている。お前たちの人生はそれだけだ。ああ、醜い。と思う。
そんなことばかり考えているわたしは、やっぱり人間が嫌いなのか。別に、わたしはひとりでもさびしくはない。ただ、たましいの純粋さだけを忘れずにいられれば。理解なんてされなくていい。だって、わたしはあの人たちが理解できない。どうしてそんなことで笑えるの、どうしてそんなことが言えるの、どうしてそんないじわるができるの。わたしは、理解できない。
歌をうたいませう。賛美歌、聖歌、レクイエム。昼の三分の一は、うたって過ごすのが良いのです。もう三分の一は、本を読みませう。一角獣の詩、騎士の伝説、異国の旅行記、そういった星の数ばかりの物語に、こころをあずけませう。そしてもう三分の一は、まだ見ぬわたくしの姉妹たちのため、お手紙を書きませう。わたくしのことを教えてあげますから、あなたのことも教えて頂戴。そうそう、それと、すべての三分の一のあいだに、少しのお昼寝の時間を。
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