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わたしはペンを走らせる。彼女の黒いスカアトがゆら、ゆら踊る様を、彼女の黒髪が薄くもりの陽の光に輝く様を、彼女の赤い唇が、不機嫌にとがる様を。
彼女の物語をしたためるわたしは御伽噺だ。わたしの背中を少し後ろからもう一人のわたしが見ている。本当は、そのもう一人のわたしこそが彼女なのだ。いや、わたしはわたしだ。間違いない。わたしは、彼女の黒いスカアトにあこがれながら、彼女を見つめている。
ごきげんよう。
見ると、背の高い少女。腰まで届く黒髪をひとつの束ね、きっちりした紺の衣装。
ごきげんよう、おねえさま。
知っている。意地悪な姉。
整った顔立ちだけれど、姫さまと並ぶとどうしたって見劣りする。勝っているのは、背の高さと、髪の長さぐらい。今日はどんな意地悪をなさるおつもり? なんて、わたしは口に出してみて。
よくもまぁ、そんなに皮肉が言えるもの。いったいどれくらい、あなたの心の中は意地悪なのか知ら。それとも、そんなにわたしのことがお嫌いなの?
姫さまは少しだけうつむきながら、ヒステリィなお姉さまのお説教を聞いている。姫さまはお強い方ですから、こんな言葉でこころを折られることはありません。けれど、棘だらけの言葉は、ちくり、ちくり、悪い毒のように、その白い肌に、その美しいたましいに、鬱陶しい小さな傷を残すでせう。それら小さな傷はやがて、姫さまの清く美しい死を、たましいを、醜く腐敗させてしまう。わたしはそれが恐ろしく、悔しいのです。姫さまのたましいを、強さを、美しさを、わたしは護りたい。
姫さまは一言も話さずに、お姉さまの嫌味を聞いていらっしゃる。
わたしはもう我慢ができなくて、言い返してやりたい言葉をすんでのところで呑み込んでいる。
いっそ、言い返せたらどれほど楽だろう。お姉さまはびっくりして、目を丸くするだろうか。腰を抜かして倒れてしまうかもしれない。わたしは、人形じゃない。もっと恐ろしい、化けものだ。見せてやろうか、わたしのこころの中にすむ、黒い黒い化けもの。
けれど、すんでのところで思いなおす。言いかえして何になる、お姉さまを傷つけて、何になる。誰かを征服して喜んでいるなら、あいつらと同じではないか。わたしは、そうはならない。
胸の下のほうで、ぐるぐる、気持ち悪い生ぬるい塊が動いている。わたしは歯を食いしばって、そいつに耐える。この不快感。吐き出してしまえば楽になるだろうか、いいや、
ほら、姫さまの背中を見てみろ。小さな肩をかすかにふるわせて、ちいさな手をぎゅうと握って、それでも何も言わないで、じっと耐えている。
わたしも耐えるんだ。
走るペンを、手が止める。まっさらな原稿用紙に小気味よく続いていた音が途絶える。ここまで一気に書き上げて、わたしはとても不本意だが、一度、ペンを置くことにした。こんなに物語があふれてくるのに。悔しい、けれど、ぱんぱんに膨れた下腹部もまた、同じくらい感覚を刺激している。
席を立つ。立ち上がると、痛みにも似た感覚のかたまりに襲われる。ぎゅ、力を集める。急げ。けれど、落ち着け。こんなことは良くあることだ。わたしは、尿意も忘れられるわたしの集中力に少し苦笑しながら、目的地を目指す。
ふと、ぬるりとした妄想が脳裏をよぎった。
お姉さまの前から動くことを許されず、小さくうつむいている姫さまの後ろ姿。もしかして、姫さまもおしっこ、我慢して。
姫さまとおしっこ、もっとも結び付けてはならないふたつを結んだわたしは、それだけで極刑に値するかもしれない。わたしは罪深き妄想を殺すため、理性の矢を引き絞る。でも。あの背中。震える肩。握られた指。もしかして、本当に。
だとしたら。
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