―7―
しばらくして、部長が階段を上がってくる。顔を見る。部長だって徹夜明けで、不機嫌そうな顔。あ、不機嫌そうなのはいつもか。
「寝れば」
そう言って、部屋に入る。ちょこちょこと、そうも後に続く。廊下から差し込むひかり。まだ、みんな黒いかたまりみたいに、眠っている。わたしの情けない染みの上には、厚手のバスタオルが敷いてあった。
「寝る場所ないね。ベッド、入りな」
扉を閉めながら、聞いた声に、わたしは一瞬、耳を疑った。
「いいんですか?」
かすれるような声。
「いいよ。私、まだ起きてるから」
でも。
「洗濯機回してるから、止まったら干さなきゃいけないし」
何から何まで、ありがとうございます。
そうだ、わたし、まだありがとうございます、言ってない。
あの、
「なに? 一緒に寝てほしいの?」
え、そんな風に見えますか?
ぽかん、と目を丸くする少女の手を引いて、背の高い先輩は、ベッドに腰を下ろす。つられて、少女も座る。
そして、よいしょ、ふたりでベッドに上がって横になる。沈黙。なんて言っていいのかやっぱりわからなくて、でも、胸の下の方で生ぬるいなにかがぞわぞわ動いていて。からだが、ふるえているのが分かる。わたしは、きつく目を閉じて。でも、瞼の裏に張り付いたみたいな鈍いオレンジ色のひかりが、ちらちら、ちらちら揺れていて。息が苦しくて、目を開く。ぼんやり、部長の胸元。わたしよりずっと広い、部長の肩。薔薇の匂い。その肩がゆっくり動いて、掌がわたしのあたまの上におかれる。なでなでされてるわたし。なにこれ。
部長のあたたかさが、わたしの体に流れてくる。それは、一直線に、わたしの瞳めがけて、体内を駆け上がってくる。それから、あふれだして、止まらなくなった。声を出しちゃだめ、何度も思ったけれど、後から後から、涙はとまらなくて、ひっく、ひっく、情けない声があふれる。
ぎゅう。
なぜだか部長が抱きしめてくれて、わたしは、彼女の硬い鎖骨あたりに頭を押しつけて、声を殺して泣いた。
「ほんとに、黒想姫は甘えんぼさんだなァ」
頭の上で、声が聞こえた。先輩、それ、皮肉ですよね。言おうと思ったけれど、
くぅん、
なんだか、甘えた犬みたいな音が喉の奥から飛び出して、やっぱり涙が止まらなくて、わたしは先輩に頭を押しつけたまま、いつか、溶けて流れるみたいに意識を失った。
わたくしは黒嘘姫、虚空と漆黒に愛され、なお黒きたましいの純粋、夜の泉です。
わたくしの夜は荊のしなる鋭角により護られる花園のなかで訪れ、わたくしの眠りは生を受ける諦念と等しく、わたくしは夜を迎えるたび、わたくしの髪と同じ漆黒のドレスを纏い、それは、わたくしが喪に服し生を悼むこと、秘匿される水晶より白い肌は、美しく飾られた棺の外に満ちる歌声そのものです。
わたくしは、生きながら死に、生を死するもの、なお黒きたましいの純粋、黒嘘姫です。
もしもまた、明日がやってくるのなら、まずわたくしは手紙を書くでせう。曙のひかりと同じ薔薇色の封筒と、まっ白な便箋とを用意して、まだ見ぬわたくしの姉妹たちに、たましいの薔薇の芳しい瞬間を届けるために。
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