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部長は厳しい。何でも自分で決める。部員の意見を聞くことなんてなくて、自分の意見に合わない発言は、取り合おうともしない。わたしは、部長が怖かった。どちらかと言えば嫌いだった。言ってることは分からなくもないけど、どうしてもっと優しく言えないのか。部長の言葉には、いちいち棘がある。部長は、意地悪だ。一緒にいて、しょうじき、息苦しい。
それでいて、とってもホンワカしたイラストを書く。わたしが貸したゴシック・ロリータの本を参考に、甘々なおんなのこを描いて、それが、今年の小冊子の表紙だ。ゴスロリと甘ロリは違いますよ、なんて台詞を用意していたわたしは、部長のイラストにただ舌を巻くしかなかった。
だから、今年のカンヅメが部長の家だと聞いた時、内心、少しの行きにくさを感じた。けれど、寝食を忘れて創作に没頭ができる希有な機会、黒沢家ではぜったいに許されないだろう時間に、そうのこころは決まっていた。
「洗面所、行って」
廊下の奥にある洗面所。なんて言っていいのか、どうすればいいのか、硬直したままの後輩の手をひいて、部長は歩き始めた。それから、個室に彼女を詰め込むと、
「脱いでて」
そう言って、扉を閉めた。
わたし、なにやってるんだろ。おトイレの芳香剤、たぶん薔薇の匂い。わたしの一番好きな花。気高くて、美しくて。薔薇の匂いにかこまれて、わたしは、やっぱり操り人形みたいに、シャツを脱いで、ハーフパンツを脱いで、下着を脱いだ。ぽたり、ぽたり、滴が落ちる。どうしよう。
おトイレの蓋にはタオル地のピンクのカバーが掛かっていたから、そうは足元の同じくピンクのマットをどかして、濡れた衣類を置こうとしたけれど、これ以上、先輩の家を汚すこと、それもおしっこで、に耐えられなくて、丸めて両手に持った。
がちゃ。
個室の扉がひらく。ブラの他なにも身につけていない姿で、濡れた衣類を両手に持っておトイレに立ちつくしているわたし。1年生の時の旅行、友達とお風呂に入るときだって、バスタオルをぐるぐる巻きにして、胸もおまたも隠してたのに、それなのに、何、この恥ずかしい格好。
部長は洗面器とタオルと、衣類を抱えていて、はい、まずそれ、入れて。洗面器を差し出した。それから、タオル。拭いたら洗面器に入れといていいから。あと私の服、ちょっと大きいと思うけど、我慢して。
そう言って、また扉を閉めた。
タオル、あったかい。白熱灯のひかりに、立ち上る儚い美しい蜃気楼みたいに、湯気がすける。まずおまた。おしり。ふともも。それから、腰の上の方まで、ごしごしする。薔薇の匂い。
部長の下着。小さなリボンがついた、ピンクのギンガムチェック。綿100%。やっぱりちょっと大きくて、おしりがぶかぶかする。ハーフパンツと、パーカーの付いたトレーナー。これも、洗って返します。
濡れた衣類が積まれた洗面器を持って個室を出る。部長はいない。そんなに長い廊下じゃないけれど、恐ろしいくらい静かで、どこか知らない世界のよう。どうしよう、ぼんやり立っていると、右手の奥にある部長の部屋の扉が開いて、彼女が現れる。手には、さっきのフリースケット。ごめんなさい、汚いもの、触らせちゃった。でも、言葉にならなかった。
「貸して」
つかつかと歩み寄ると、まだ立ちつくしているそうの腕から、洗面器を取り上げた。フリースケットも一緒に重ねて、またつかつかと、階段を下りていく。部長の後ろ姿を、はじめて、まじまじ見る。白地にピンクの小さい模様の付いたパジャマ。普段はきっちりひとつ結びにしている黒髪はほどかれていて、カニバンスでひとつに止められている。胸もおしりもそんなにある方じゃないけれど、すらっと背が高くて、パジャマになるといっそう、整ったからだが強調されるみたい。背が低くて、胸もなくて、私服なら小学生でも通じるわたしとは、えらく違う。
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