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 結局、食堂にみんなで揃ったのは7時半くらいで、わたしは女将さんに平謝りして。
 おいしそうな和食がたくさん出てきたけど、冷えたせいかな、いや、あれのせいで、あんまり食欲がなくて、半分以上残したら、池田と本名が心配して、全部食べてくれた。
 それから、部屋でお菓子なんかをつまみながら、トランプをやったり、おしゃべりをしたり。
 池田が、可愛いリンゴパッケージの瓶の飲み物を開けて、え、それお酒じゃん、そうだよ、おいしいよ、上たんも飲む? いいよ。あ、わたし飲みたい! って本名が目をきらきらさせて。
 2時頃、やっと灯りを消して、もう寝よう、って言ったのに、やっぱり池田が恋の悩みとかえっちな話しとかして、もう眠いから黙って、ってわたしが言って。それで、静かになって。わたしはまだなんだか、あれが信じられなくて。ふとんを頭からかぶったりして。
「ねぇ」
 暗闇に、声がした。岡田の声。
「おねしょ、いつまでしてた?」
 続く言葉が、あまりこの場所に似つかわしくない話題だということは、その後のへんな沈黙が語っていた。
 わたしは、おもらしを見透かされたみたいで、心臓をのどから引きずり出されるような、息苦しさ。
「えー、覚えてない。幼稚園くらい?」
池田。
「あ、私いとこの家でしちゃって、おばさんにちょう怒られた気がする。小1だったかな」
かなり眠そう、本名。
 わたしはまだ、ちょっと、しゃべれそうになかった。さっき、おもらししちゃって、って、言ってしまいそうで。
「私さぁ、けっこう最近までしてるんだよね、おねしょ」
「まじ? 初耳」
「言えないっしょ」
「ふーん、大変だね」
池田、あんまり興味ないだろ。
「生理前とかさ、ふつうに、しちゃうんだよね」
「まじで? 今でも」
「ときどき」
 なんだ、この会話。ぜんぜん知らなかった。こんなに一緒にいるつもりだったのに。
「だからさ、修学旅行も怖くて行けなくてさ」
「だからなんだ」
「今回の旅行も、どうしようかなって思ったんだけどさ。でもやっぱり、みんなと行きたくてさ」
「大丈夫だよ。もししちゃったら、上たんが謝ってくれるよ」
 わたしは、わたしは?
「あれ、上たん寝ちゃった? それとも怒った?」
「ごめん、へんな話ししちゃって。たぶん、今夜は大丈夫だと思うけど」
「最後ぐらいいいぜ、弱いとこ見せちまいなよ」
本名、酔っぱらってるだろ。
「そうだよね。最後だからさ、みんなと一緒に、いたかったァ」
 言葉の終わりの方は、揺れて、よく聞こえなかった。泣くなよ、岡田ァ。わたしも、泣きそうだ。
「泣くなよォ」
泣いてるだろ、池田。ほら、本名ももらい泣きしてる!
「またさ、みんなで旅行行こ!」
 ごめん、涙止まらない。
「わたしもさァ、これが最後だって思ってたんだよね。高校生にはもう戻れないみたいなさァ。でもさァ、わたしたち、これからもずっと一緒にいられる気がするんだ、ていぅか一緒にいたいよ! だから、またみんなで旅行行こ! ぜったい! だよ!」
「上たん、ほんといいやつだな。胸ないけど」
関係ないだろ! 本名そこ泣くところじゃない!
「上たん、こんな私でも、付き合ってくれる?」
当たり前だよ、岡田。話してくれてありがと。わたしもいつか、今日のことをみんなに話せる日が来るといいな。いや、来なくてもいいけど。
 これで終わりじゃなくて、ずっといっしょにいる、これからがある。あ、そっか、そうだよね。これ、は終わりじゃなくて、これから、の、これ。
 もう一歩、わたしたちの青春は続く、ぞ。



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