『真夏の夜、わたしはひとり。』
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「こんにちは、お久しぶりです」
がらんとした玄関に、ぼんやり午後のひかりが伸びている。
玄関の脇には、どろまみれの長靴だとか、手袋だとか、あと、はさみの大きいのだとかが置いてあって、田舎にきた感じがする。
「ねぇちゃん、きたよ」
間延びした、高い声。ほぼ同時に、
「あらぁ、いらっしゃい、良く来たわねぇ」
もっと高い声が、聞こえる。
少しして、奥の居間から現れる、エプロン姿の祖母。
「早く上がって、蚊にくわれちゃうから。りょうくん、お姉ちゃんにご挨拶は?」
「いまマンガ読んでるんだけど」
向こうから、控え目な声。
「もぅ、すっかり生意気になっちゃって」
お祖母ちゃんはぱちん、とウィンク、と言うか、顔をほころばせた。
夏休みはまだあと2週間ある。宿題も順調。
毎年、田舎、って言っても電車で2時間くらいだけど、の、父の実家に遊びに行く。
普段は家族全員で、お盆のお墓参りに行くんだけれど、今年は、お父さんが休みを取れなかったらしい。8月に入ってすぐ、家族で早めのお墓参りに来て、今年はこれでいいや、って、お父さんが言ったけれど、
「そうだ、ゆきちゃん、一人でも来たらいいじゃない。お泊りしてもいいし」
って、お祖母ちゃん。お父さんはちょっと目を丸くしていたけど、うん、わたし行きます。ひとりでお泊り、してみたいし。
長い廊下を通って、居間。
「りょうくん、こんにちは!」
半袖半ズボン、すっかり日焼けした手足を丸めて、寝転がって本を読んでいる、りょうくん。いとこ。
「あぁ、こんにちは」
小さい声。こっち、見てないな。
「おじちゃんもおばちゃんもお仕事でね。夜には帰ってくると思うんだけど」
お祖母ちゃんがジュースを持ってきてくれた。
おじちゃん、は、わたしの父の兄、で、祖父、祖母といっしょに暮らしている。ひとり息子が良人くん。小学1年生。
「おれのは?」
寝転がったまま。
「もう小学生なんだからちゃんとしなさい。お姉ちゃんにご挨拶はしたの?」
「したよ」
小声。
「あぁ、暑い。ジュース欲しいなぁ」
「まったく、この子は」
お祖母ちゃんは冷蔵庫を開け、もう一本、ジュースを出した。
ほんと、生意気。でも、さすがに6歳も年が違うと、なんだか、かわいくも見える。
「そうだよ、ちゃんとしなさい」
つい、言ってみたくなる。
横田ゆきの、中学1年生。兄弟はいない。ボブカットとおかっぱの中間のような、重みのあるつややかな黒髪。丸顔で、どちらかと言えばぽっちゃりした印象だけど、この夏ですっかり日焼けした手足は、すらりと細く、少女と子供のちょうどあいだ。
お父さんの実家まで、自宅から電車に乗って、乗り換えなしで、だいたい2時間。駅からは30分くらい、歩く。お祖母ちゃんが車で迎えに来てくれる、って言ったけれど、大丈夫です、歩きます、って。
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