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 廊下を抜けて、居間を抜けて。ふすまの向こうはお祖父ちゃん、お祖母ちゃんの部屋。
 部屋の向こう、物音は聞こえなくて、自分の心臓の音だけが、聞こえる気がして。とんとん、ふすまをたたく。
 どうぞ。お祖母ちゃんの声。ゆきのです、入っていい? どうぞ。
 そっと扉を開ける。寝室には、なんどか入ったことがあったけれど、二人が寝ているときにきたのは、たぶん初めてで。お祖父ちゃんは、壁のほうを向いて、まだ寝ているみたいで。お祖母ちゃんが、目をこすりながら、上半身を起こしていた。
 ゆきちゃん、偉いわね。もう着替えたの、ごめんなさいね、わたし寝ぐせだらけで、みっともない。お祖母ちゃんは目をしぱしぱさせながら言って。また、心臓の音が大きく聞こえたけど、もう一歩。
 ゆきのは中腰で祖母のもとへ寄ると、ひとつ間を置いてから、
「ごめんなさい、その、おねしょ、しちゃって、お布団、よごしちゃった」
そう言うと、ぎゅ、こぶしを握ってうつむいた。蝉の声が聞こえる。
 あら、そう。お祖母ちゃんはからだを起しながら、言って。今のうちに干せば、すっかり乾くわよ。起き上がる。
「あいたた。だめね、腰が痛くて。ええと、シーツは外して洗濯機に入れておいて。布団は、濡れ縁に干してほしいんだけど、できる?」
「はい、大丈夫です」
「お祖母ちゃん、あとで洗濯機回しておくから、もうちょっと待っててね」
 腰を押さえているお祖母ちゃんにひとつあたまを下げて、ゆきにはまた、中腰で部屋を出て行く。ふすまを閉める。
 それから、言われたとおりに、シーツを洗濯機に入れ、濡れた布団を抱えて、濡れ縁、って、駐車場のとこだっけ。布団を三折りにして、持ち上げる。たたみまでは濡れていない。さすがに重くて、ちょっと、よたよたしながら、応接間だっけ、普段はあまり入らない部屋を抜けて、濡れ縁、軒先に物干しざおがぶら下がっている。届くかな。て言うか、おねしょ布団干すときって、濡れてる方を外に向けるんだよね。すっかり顔を出した太陽に祈るような気持ちで、よいしょ、布団を持ち上げた。

 床の間に戻ると、パジャマ姿のりょうくんがいた。
 心臓が、いっかい止まったみたいに、びっくりした。
 カーテンの隙間から伸びるひとすじのひかりのなかに立っている彼は、なんだろ、ざしきわらしとか、そんな、妖怪のなにかみたいで。
「ねぇちゃん、これ、知ってる?」
 彼はまた、本を広げて、キャラクターを指差す。
「りょうくん、着替えてからにしなさい!」
 おばさんが顔を出す。
「まったく、ゆきちゃんと遊ぶって、早起きして。ほんと、お姉ちゃんのこと大好きなんだから」
 おばさんは困ったような顔で、笑う。
「これね、レアなんだ」
「りょうくん! お姉ちゃんもう着替えてるじゃない、はやく!」
「りょうくん、向こうの部屋で見よう。その前に、着替えてね」
「うん」
 くるりと向きを変えて、とたとた、走っていく。
 浴室のほうから、洗濯機のまわる音がする。きっとお祖母ちゃん、ありがとうございます。
 どこからか、風が流れてくる。おしっこのにおいはもう気にならなかった。
 そうだ、お祖母ちゃんはうっかりさんだから、おねしょのこと、口止めしておかないと。
 ゆきのもあわてて、居間へと向かう。そのあとを、きらきらしたひかりのつぶが、さざ波のようについていった。



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