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 先輩は、俺のおもらしについて、一度も触れることはなかった。だから俺も、先輩のおもらしに触れてはいけないのだろう。
 けれど、いま目の前で震えている少女に、俺は、やらなきゃいけないことがある。
「先輩、風邪引きます、まじで。俺、経験者ですから」
「うん」
 俺は先輩を抱きしめたまま立ち上がる。ぴしゃ、ぱちゃっ。しずくの落ちる音がする。
 それから手を伸ばして、コートを彼女の肩にかけると、正面からぴったりからだをくっつけるようにして、スカートのホックをはずした。
 スカートが地面に落ちる前に、少年はからだをかがめ、片足づつ、スカートを脱がす。黒いストッキングから、かすかにぬくもりと、コーヒーのにおいがした。
 スカートをベンチにおくと、そのまま、ストッキングと下着を下ろす。すばやくコートの前を閉じると、さっき自分の座っていたところに彼女を座らせ、靴と、ストッキングと、下着をさらった。
 それから自分の上着で、彼女の足の裏をぬぐい、靴をはかせる。ぐっしょりと重くなったスカートとストッキングと下着を、ためらうことなく自身のボディバッグに突っ込んだ。
 彼女が座っていた場所のまんまるの影を、蛍光灯が照らしていた。
「先輩、立てます?」
「うん」
 彼女は少年の腕をつかみ、そのまま自分のからだを引き寄せる。コートの裾から伸びる白い足が、ぼんやり、浮かび上がるように見えた。
「後ろ、大丈夫かな」
 コートの袖に腕を通して、おしりのあたりを気にするように、少女は小さな体をひねる。
「大丈夫です、ぜんぜん」
「すごいすーすーする。変な感じ」
 両手で、コートの上から太腿をなぞるようなしぐさ。少年はやっぱり、視線の逃げ場所を探す。
「これで電車とか乗るんだよね」
 自分の胸の下あたりで、やや上目づかいに投げかけられた彼女の視線、弓なりの瞳が、さらに細くなるのに合わせて、端正な眉が寄せられる。あの日、部室で見た彼女の貌と似ているけれど、もっと、色気をたたえていると思った。
「送りますよ、家まで。いや、送らせてください」
「いい?」
「はい。ずっとそばに立ってますから」
「うん」
「あの、」
「なに?」
「ごめんなさい、その」
「謝るんだったらしないで」
「え、あ、すません」
「行くよ、ほんと寒いんだけど」
 肩をすくめる。白い膝がちらとのぞく。
「あ、コンビニ寄っていいですか、ライター、切れちゃって」
 できれば、先輩の下着とストッキングも買いたい。
「これ、あげるよ」
 ベンチの上の紙袋を取り上げて、少女が差し出す。
「え」
 今日はこれで4回目、時間が止まった。



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