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先輩は今日、一度もお手洗いにいっていない。あの、スカートの下のふくらみは、ひょっとしたらおむつだ。先輩は、彼氏におむつを当てられている。それで、おしっこを我慢することを、あるいは、おむつのなかに排泄することを、強いられている。
ひょっとしたら、いまもどこからか、彼氏はこちらを覗いているかもしれない。そして、俺と離れると先輩は彼氏のところへ行って、ぐっしょりと濡れたおむつを外す。
安いAVか。
3口ほど吸って、煙草から手を離す。
「先輩、コート、着たらどうすか?」
「うん」
また、足音が近づく。まさか、本当に覗かれているのか。3本目の煙草に手を伸ばそうとして、でさぁ、まじでぇ? あはははァ! 高い女性の声、遠ざかっていく。
「ねぇ、君と付き合ってたら、どうだったんだろうね」
え。
いまさらそんなこと言われても。
「君も、わたしのことを縛る?」
「そんなことしないです、絶対」
「ぜったい?」
「絶対、先輩を幸せにします。俺は、絶対に」
絶対なんてない、あのころ、先輩が口ぐせのように言っていたのを思い出す。絶対なんてない、のに、俺は。
ぱちゃ、ぱ、たた、
少しの沈黙の後、短く乾いた音が聞こえた。その音はすぐ近くで聞こえた気がしたけれど、音の源がどこかは分からなかったし、それ以上に、何の音なのか、聞き間違いか。
ぱちゃ、ぱちゃ、たたたたたたた、たた、
しかしその音は途絶えるどころか、さらに大きくなって少年の耳に届く。そしてそれが、少年のとなり、ベンチの下から聞こえてることに気がついたとき、今日3回目の、時間の停止に襲われる。
蛍光灯のわずかなひかりが落ちる、足元に、ひとすじ、またひとすじ、きらきらと黒い跡が流れて行く。
たたたたたた、ぴちゃ、ちゃ、ぱ、たたたたたたた、
それは、永遠にも思われる水の音。少年はもう、目をそらすことは出来ずに、じっと、傍らでうつむいている少女と、その足元にひろがり続けるひかりのかげを、見つめた。
ぴちゃん、ぴちゃ、と、とと、ん、
やがて、音が消える。沈黙がやってくる。スカートのまんなかで重ねられた白い指。その下には、小さくいびつな影が浮いている。
「おもらししちゃった」
かすれた声が沈黙のなかでこぼれるのと同時に、少年は覆いかぶさるように、少女を抱きしめていた。かた、ライターがポケットから滑って、砂の上に落ちた。
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