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『1月のツバメ』
 −1−
 ひゅうるりぃぃ、ひゅうるりぃららぁ、
 ついておいでとぉ、ないてますぅ。
 
 こおりの粒は前髪を巻き込んで、視界を塞ぐ。負けるものか。くちびるをぎゅっと噛んで、指先をのばす。もう、金属の冷たささえ感じられずに、皮膚を圧迫する感覚だけが、唯一、目標を見失っていないことを教えてくれる。
 
 ひゅうるりぃぃ、ひゅうるりぃららぁ、
 ききわけのなぁいぃ、おんなですぅ。
 
 そうだ。負けるものか。レナの力になるって決めたんだ。諦めるものか。
 冷え切った下腹部に、はちきれんばかりの熱のかたまりを引きずりながら、少女は、進んだ。
 
 定期試験の最終日、朝から彼女の様子はおかしかった。
 まず、マスクをしている。
 肩の少し上でゆるく外にはねる、柔らかい髪の毛。頭のうしろ、どちらかと言えばてっぺんに近いあたりでポニーテールのように束ねられてはいるけれど、それでもまだこぼれるような、襟足がまぶしい。鳩屋れな、この中学で、いや、ひょっとしたら町内規模で、知らないひとはいないかもしれない、名物生徒会長。
 朝のいちばん早い時間から、夜のいちばん遅い時間まで学校にいて、彼女の底抜けにあかるい「おはようございます」で、登校を実感する生徒も少なくないだろう。
 それが、今朝はどうした。
 白い大きなマスクは彼女の顔を半分以上おおっていて、いつもと変わらないおはようございます、を繰り出しているけれど、前髪からのぞく眉がときどき、ハの字になっている。
 おかしい。
 彼女のすぐ横で、おはようございますの追いうちをかけながら、けれど、赤い縁の眼鏡のしたで、友竹ちなつ、は、幼なじみの小さな変化を見逃さなかった。
 「レナ、大丈夫? 熱とかあるんじゃない?」
 朝のおつとめを終え、時計を気にしながら教室へ向かう廊下、いつもと変わらぬ早足になんとかついていきながら、ちなつは尋ねた。
 「ん、大丈夫。ちょっと風邪ひいただけだから。ごめんねちなつ、心配かけて」
 少し振り向きながら目を細めて、親友は答える。
 「レナの大丈夫とわたしたちの大丈夫は違うから。ほら、ちょっと待って!」
 後ろから半ば強引に、ちなつはれなの首すじに指を伸ばす。
 「ん、冷たいよぉ」
 少し甘えたような声に聞こえた自分が恥ずかしくて、視線を逃がした。
 「レナ、ぜったい熱あるよ! 今日は早退した方がいいんじゃない?」
 「試験はどうするの? それに、そろそろ今年度の決算と、来年度の予算組みにも手をつけないと」
 「はぁ? せっかくお昼で帰れるのに、残るつもり!?」
 「せっかくお昼で終わるから、午後は生徒会のことができるんだよ!」
 「レナらしい答え! でもね、もしレナが倒れたら、誰も替わりはできないんだよ?」
 「大丈夫、書記の友竹さんをはじめ、優秀な人材がそろっておりますから」
 大きな目を一度、ぱっちりと開いてから、思い切り細めて、笑顔。そんな顔されたら、何も言えなくなっちゃうじゃない。分かってはいるけれど、行動でも理屈でも、彼女には及ばない、赤い眼鏡の生徒会書記はひとつため息をついて、そのあいだにも生徒会長は、チャイムの鳴るまぎわの教室に滑り込んでいた。
 
 友竹ちなつ、成績は学年トップ。母は女医で、自分も母に負けない医者になることが夢。
 青みさえ帯びて見える黒髪を背中のまん中あたりまで垂らし、左右の耳の上でひと房ずつつくった三つ編みを頭の後ろでまとめる、水色のリボンバレッタ。
 
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