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 試験の最中も、ずっと親友のことを気にしている。だからと言って、問題に集中できない、なんてことはなくて、淡々と回答を積み上げていく。
 3時間目が終わる。彼女は3たび、親友のもとにかけ寄る。首すじに手を当てる。額よりも首のほうが正確に体温を知ることができる、母が言っていた。
 熱い。今朝よりもあきらかに、熱が上がっている。
「レナ、今日は帰って寝なさい。試験なんてあとからどうとでもできるから」
「でも」
 マスクからのぞく頬が、上気しているのが見て取れる。うるんだ瞳が見上げる。わたし、なにどきどきしてるんだ。
「でも、じゃないよ。わたしが言ってもだめなら、保健の先生に言ってもらう。絶対帰れって言うから」
「でも」
「レナのつらそうな顔、見たくないよ」
静かに、言い放つ。
 テスト用紙の束を抱え、先生が教壇に立つ。ちなつは手をあげると、
「先生、鳩屋さん、すごい熱です。早退を勧めます」
声は、響いた。

「ほんとごめん、わたしひとりで帰れるのに」
 校門を出る。白いダブルのコートを羽織った肩が、こころなしか猫背に見える。
ほんとに、いっつも無理ばっかりするんだから。
「帰り道で倒れられたら、わたしほんと後悔するから。やれることはやっておかないと」
「ありがと」
 灰色の低い冷たい雲から、ぽつ、ぽつ、雨が落ちる。上着からのぞく太ももに、寒さがまとわりつく。
 こんな時に、ひとりでなんて帰せないよ。わたし、いつもレナに助けられてばっかりだから。こんな時ぐらい、レナのちからにならせてよ。
 雨あしが強くなる。カエル模様の小さな折り畳み傘じゃとてもふたりは入れなくて、肩を寄せる。熱のにおい。レナ、もう少しだからね。
 濡れたアスファルトの上を走る、車のタイヤの高い音。かじかんだ指に飛沫が落ちる。
 きゅ、冷たさの這い寄る少女の下腹部に、寒さからではない、硬直感。
 おしっこ、したいな。
 3時間目の始まる前にお手洗いには行ったけれど、寒さのせいか、どうしたって近くなる。
 でも今は。
 レナを家まで送り届けることが第一。だいじょうぶ、集中していれば、数時間単位でお手洗いは我慢できる。
 もうすぐ正午。雨は降り続き、いや、みぞれかな。としゃっ、濁った透明のひし形が、だらしのない音をさせて、傘から滑った。

「あれ?」
 ドアノブを握り、少女の首が傾くのが、後ろから見ていても分かる。
「どうしたの? もしかして、開かない?」
「うん。どうしたんだろ、みんな、家にいるはずなのに」



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