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お風呂。まず、靴下を脱いで、浴室に放り込む。それからワンピースの白の制服。あちこち、汚れで黒ずんでいる。まぁ、これくらいで済んで良かったというべきか。ホックをはずして、どさ、重い音を立てて足元におちる。
それからスリップ。これはあんまり汚れてないけど、たぶん、汗くさい。制服と一緒にたたんで、浴室へ。
シャワーをひねる。お湯になるまでのあいだに、ぱんつを脱ぐ。冷たくて、かたい。
靴下と、さっき借りたタオルと、ぱんつ。シャワーで流す。
足さきに湯が触れる。そんな温度ではないはずだけれど、熱く感じて、びく、痺れるみたいにからだがふるえて、やっと温もりを思い出す。
「着替え、置いておくね」
扉越しに、レナの声。ピンク色のシルエットが磨りガラスの向うで動いて、あ、ありがと、ぱんつ洗ってるの、気付かれてないよね?
そうっと、浴室をあがる。指のさきや足のさきにまだ冷たさが残っているけれど、ふかふかのバスタオル、それから、レナの服。下着も一式置いてあって、まさか、ね?
レナの好きな色、ピンクのカットソーに袖を通す。うん、レナの匂い、ちょっとくんくんしてもいいかな。だって落ちつくんだもん。ずっとむかしから知ってる、レナの匂い。
大きなビニール袋が置いてある。きっと、濡れた衣類を入れるため。どうしてレナってこんなに気がつくんだろう。痒いところに手が届く、ていぅか、あったらいいな、できたらいいな、を、いつも先取りして、手伝ってくれる。それでいて、肝心なところはきちんと任せてくれる、ひとりひとりが自分で考えられるように。
すごいなぁ。どうしてこんなことができるんだろう。セオリーを学んでいるわけでも、マニュアルを持っているわけでもなくて、わたしだって迷いながらだよ、なんて言いながら、でも、限りなくベストに近い答えを出している。分かってはいるけれど、行動でも理屈でも、彼女には及ばない。いつも全力で、倒れるまで頑張って。誰が言ったのか、彼女を童話の、幸福の王子にたとえた人は本当にうまいと思う。ちょっと悔しいくらい、言い得て妙。
やっぱり、顔が見たくなって、レナの部屋に行った。
扉を開ける。ベッドで丸まっているレナ。息をひそめて、そっと、顔をのぞく。
ぱち。
目が合う。
「ごめんね、起こしちゃった?」
しどろもどろ。
「ううん、大丈夫。ほんとに、ありがとね、ちなつ」
くちもとまで布団をかぶった姿が愛らしくて、いつかみたいにいますぐ同じベッドにもぐりこみたい衝動を抑えながら、
「わたしこそ、何から何まで、用意してもらっちゃって。今度、洗って返すから」
「うん、今度ね」
「じゃあ、わたし一度学校戻って、報告してくる」
「うん、試験とか、生徒会のこととか、明日わたしが話しするから」
「明日のことは考えなくていいの! いまはゆっくり休んで」
「ちなつもね、休んで」
「ありがと」
鞄を受け取り、玄関を出る。
せっかく借りた靴下だけど、靴を履くとすぐにまた冷たさがにじんだ。
原則、私服での登校は禁止です。
一度家に帰って、制服に着替えるか。
学校に行ったらきっと、レナが手をつけようとしていた生徒会の書類の山に向かうんだろう。そんなことを考えながら、歩き始めようとしたそのとき、
「ちなつ!」
呼び止められる
「レナ!? どうしたの?」
「これ、わたしが食べようと思っていたお弁当。ちなつ、食べて」
ピンクの包みが差し出される。
「ほんとに、レナにはかなわないなぁ」
「お父さんの特製だよ!」
「感謝します! おじさんによろしくお伝えください」
「無理しないでね」
「やだ」
「えー?」
だってわたしは、レナのツバメだもん。
「病人は早く寝なさい! じゃあまた、ね」
軽い足音を響かせながら、少女はまだ止まぬ雪の中を駆けだしていた。
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