『エイプリルフール』

−1−
 きっと、外に出ればまだ肌寒いのだろうけれど、家のなかは窓ガラスから漏れる陽ざしのように、やわらかく、あたたかだった。
 午後2時までもう少し、昼間の、たったひとりの家のなかは、まるで自分が家具だとか、家の一部になってしまったような、ふしぎな静寂と、高揚感がある。
 少女はしばらく、右手のスマートフォンの画面に見入っていたけれど、やがて背筋を弓なりに伸ばすような仕草をして、立ち上がる。
 とくん、とくん、とくん、部屋を出る。キッチンを抜ける。陽ざしと静けさのあふれる、リビングのぬくもりに包まれる。あたたかさを貼り付かせた靴下の裏が、フローリングの床の上で、くぐもった足音をさせる。とくん、とくん、どこへ行こう、やっぱりお風呂場がいいだろうか、それとも、いっそこのまま。春のひかりでいっぱいになった胸が、苦しい。

るるるるるる、

 は。おもわず息が止まる。静けさをやぶる、なんの前ぶれもない、電話のベル。
 少女は少し立ち止まったけれど、とっとっ、食卓をへだてた反対側の、電話へと歩んだ。
「はい、四本です」
 少し、声のトーンが高くなる。いつの間にかするようになっていた、母と同じ、電話の応対の仕方。
「あらぁ、すずちゃん? 誰だかわかるゥ?」
 分かります。おばちゃん。父の弟の妻。少し鼻にかかる、決して高い声ではないけれど、テンションが高いのか、やけに、耳につく。
「久しぶりねぇ、お父さんかお母さんはァ? ええ、いないのォ? そう、いないのォ。ちょっと御用があったんだけど」
二回繰り返して確認して、けれど、電話を切りそうな気配はなかった。
「すずちゃん、元気ィ? おばさんもねェ、」
少し、受話器の角度を変える。ため息が聞こえないように。
 別におばちゃんのことは嫌いじゃないんだけれど、話が長い。しかも、自分のことばかり話す。へぇぇ、そうですかぁ。たいへんだったんですねぇ。適当に相づちは打つけれど、内容は覚えていない、いや、聞いていない。いやいや、聞きたくない、が正解。
 電話台の脇に立つ。くるくるの白いコードを左手の親指と人差し指でくるくるしながら、グレーのひざ丈スェットパンツの上からでもわかる、肉付きのいい太ももを少し重ねる。
 とぷ、少女を自室から立ち上がらせた液体の重みが少し、押し上げられ軽くなる気がする。もう少し、大丈夫かな。
 はぁ、へぇぇ、あ、なるほどそうですかぁ。
 あたまのなかの受け答えテンプレートを重複しないように組み合わせながら、受話器の上のところを、少し、耳からはなした。たいへんなのよォ、おかしいと思わないィ? あたしだって好きでやってるわけじゃないのよォ。どの話も、だいたいそれでまとまる。
 あたまの上、壁にかかった時計を、ちらと見上げる。2時15分をまわろうとしている。もう15分も経ったのか、あっという間と言えばあっという間の気もするけれど、こころの苦痛は15分ぶんでは済まされない感じ。
 左手を、白の部屋着のカットソーの上から、おなかのあたりに当てる。ぽよぽよお肉、じゃなくて、そのもうちょっと下、押すと、鈍い痛みがさらに下に走って、やば、ぱっ、手をはなす。



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