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 どうしようか、あとどれくらいでお話しが終わるだろう。母とおばが2時間近く電話で話をしていて、途中何度も顔をしかめて、終わった後、ほんとに話が長いんだから、とかぶつぶつ言いながらキッチンに向かった後ろ姿を何度も見ている。これ、わたしが相手でも2時間話すつもりだろうか。
 下腹部で主張する感覚、すっかり解放される気でいた液体はちくちく、おなかのなかで不満を言っているみたい。肩をすぼめるみたいな姿勢、ちからを、下に集める。
 おばちゃんの話は、だいたい人間関係のいざこざで、聞いていてあまり面白い話じゃない。しかも、登場人物がやたら多くて、さっぱり関係が分からない。おばちゃんもそれを分かっているのか、ひとりひとりの人間関係から説明してくるものだから、よけいに話しが長くなる。はぁ、そうなんですね、はぁぁ。左手くるくる。
 電話が続いている以上、時間が流れている。健康そのものの少女の体内では当然、生命活動が継続されていて、さきほどから何度か左手の当てられている場所では、時間の経過に比例し、液体が蓄積され続けている。
 とぷん、蓄積され続ける液体が重力に従い目指す足の付け根。両ひざを重ねるように足を交差させ、液体を押し返す。受話器を持つ右手を支点に、上半身を電話台にあずけているけれど、そこからすこし離れたところ、下半身はぎこちなく、ゆるやかな往復を繰り返していた。
 時計を見上げる。2時37分。話しの全体像はいっこうに見えないけれど、おばちゃんが大変な思いをしているということは、初めから分かっている。あぁ、あぁぁ、はぁ。さっきからもう、相づちなのかため息なのか、自分でもよくわからない。
 正面右手の窓からやってくるひかりが、心なしか黄色味を帯びているように感じる。
 背中が汗ばんでいるのが分かる。受話器を持つ手、なんだろ、しょっぱい感じのにおいが、ときどき、流れてくる。
 左手が、足の付け根にとどまることが多くなった。太ももの肉の柔らかさと熱さが、懐かしいみたいな感じ。離れるととたんにすーすー、頼りない気がして、また、戻る。
 ちからを集める、からだの一点。筋肉が、その形状まで脳内に描けそうなくらい、はっきりと意識されている。ちからを緩めれば、重みは、痛みに似る。けれど、ちからを集め続けていても、重みと衝突して、痛い。
 どうしようか、何か言って電話を切るか。もともとわたしには関係のない話ばかり。電話を切ったとこで、おばちゃんには不利益があるわけではない。あとで母がさらに長電話に付き合わされるかもしれないけれど。言いわけを考える思考の下で、とぷん、とぷん、重みが積み上げられていく。上半身がだんだん、前に折れる。
 あ、あの、ええ、ああ、そうですね。おばちゃんはなんでこんなに話し続けていられるんだ。まったく、途切れる場所がない。き、き、き、重みに筋肉がたわむ感じ。まずい、そろそろほんとうに、限界かも。
 腰を引いた、恥ずかしい格好。誰かに見られれば、きっと明らかに、少女がおしっこを我慢していることが分かるだろう。左手が、スェットの柔らかな布地を、ぎゅ、つかむ。
 右足と左足が、不規則にゆっくり、足踏みをしている。きっとコードレス電話なら、くるくる、部屋のなかを歩きまわっているのだろう。
 何かの動作のついでに、見上げる時計。3時を回っていた、よく、1時間も話し続けていられる。少女はおばに感心し、また、1時間もおしっこを我慢し続けられた自分に感心した。
 膝を重ねられたまま、続けられる足踏み。左手はもう、ぴったり足の付け根に吸い込まれて、そこを中心による布のしわのかたちが、ちからの強さを恥ずかしくも見せびらかす。
 はぁ、あっ、ええ。応じる声の、息の量が増す。痛い。痛みから一瞬逃れようとちからを緩めてみるけれど、びく、反射みたいに、すぐに筋肉は強張る。もう、ちからを抜くこともできない。



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