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岡本さんの口からその言葉がでてきたことに、申し訳ないけどわたしは正直びっくりした。
「うん。あ、わたしも、アンダー・ザ・ローズ」
一度言ってみたかったその言葉を、戸惑いながら、わたしは口にする。
「もち」
岡本さんは、今度はにっこり笑って、ウィンクをした。
「本当に、ありがとう、岡本さん」
「あー、朝から言おうと思ってたんだけどさ、じゅんでいいよ」
それ、いま言うこと?
「あと、わたしも、のあ、って呼んでいい? なんか苗字で読んだり呼ばれたりするの、慣れてなくて」
そうですか。わたしはあまり、気にしないけど。でも、ご希望とあらば。
「ありがと、じゅん」
「どういたしまして、のあ」
ふふふ、うふふふふっ、
どちらからともなく笑いだして。
「あっ」
「どうしたの?」
けれど、不意に立ち止まったのは、のあのほう。
「その、わたし、くさく、ない?」
やっぱり顔は見られなくて、なんとなく、瞳を流した。
「ん〜、大丈夫だよ」
じゅんは、少し背伸びするみたいに顎をあげながら顔を近づけて、それから、笑った。
「えへ、ありがと、じゅん」
くんくんされるのって、やっぱり恥ずかしい。
「わたしもだいたい汗くさいからさー、くさかったら教えてね」
ご希望とあらば。
「さ、お昼だ! みんなもう集まってるかな?」
「わたし、ここの食堂はじめてなんだ。じゅんのおすすめとか、ある?」
「わたしはキジ焼丼、好きだよ」
「えー、なにそれー」
「おいしいよ! のあ、いっしょに食べよ!」
「うん!」
いつの間にか、また腹が立つくらいの青空が戻ってきていて、窓に残された雨粒が、七色のひかりをまたたかせていた。
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