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片手にぱんつ、もう片方の手にタオルをもったまま、少女は次の言葉を探す。
「サイズ、大丈夫? 築地さんタッパあるから、わたしのじゃ小さかったかな」
どうせわたし、おしり大きいですよ。岡本さんみたいにスタイル良くないから。
「ああ、これも使って。タオル、一緒に入れちゃっていいから」
スカートのポケットから岡本さんが、ビニール袋を取りだした。なんで、こんなに準備がいいんだろう。わたしはまだ言葉を探しながら、ビニール袋を受け取ると、タオルとぱんつを突っ込んで、これでもか、きつく口を縛った。
その間に岡本さんは、またひょこひょこ、モップを持って、わたしの後ろをすり抜けて、個室の後しまつをはじめる。
「いいよ、自分でやるよ!」
いまさら、だけど、これ以上自分の恥ずかしい粗相のあとを見られることに耐えられなかったし、それに、もう岡本さんに迷惑はかけられない。
わたしは、なかば強引に岡本さんからモップを取り上げて、水たまりをぬぐった。
「その奥に洗面台あるからさ、モップ、水洗いしておけば大丈夫でしょ」
何から何まで、ほんとうに、ありがとうございます。
「あのさ、もう一回拭いてもいい? なんか、においしちゃいそうで」
「うん、おっけー」
ばしゃばしゃ、水洗いしたモップ。洗うたびに、濁った黄色い液体が染みでている気がして、わたしはやっぱりすごく恥ずかしくて、床を拭いてから、もう一度、洗った。
それから、二人で手を洗う。大丈夫かな、おしっこくさくないかな。そればっかり気になる。
「あの、岡本さん、本当にありがとう」
やっと見つけた言葉。きっとベストな選択ではないんだけど、それしか、思いつかなかった。
「まぁ、気にしないでよ。お互いさま、ってことで」
何がお互い様だ。わたしはおもらしをして、あなたは、していないじゃないか。
「なんでわたしがぱんつ持ち歩いてるか、気にならなかった?」
え。
まぁ、言われれば。
手を拭きながら、岡本さんが下手なウィンクみたいな顔をした。
「わたしさ、入院中さ、おしっこもらしちゃったんだよね」
え。
「ギプス付けた日でさ。トイレ行きたくなったらコールして、って言われてたんだけど」
うん、普通そうだよね。
「やっぱ恥ずかしいじゃん、同性とは言え、おしっこ見られるんだよ」
わたしも今、すごい恥ずかしい。
「それで、自分でトイレ行こうと思ったんだけどさぁ」
うん。
「思った以上にぜんぜん歩けなくって。まさか、って思ったけど、間に合わなくて。トイレの前で、しゃーって」
うん。
「すぐに看護師さん来てくれて。でも、他の患者さんとかにもいっぱい見られちゃって」
岡本さん、ちょっと涙目。
「気にしないでね、とか言われたけど。できるわけないじゃん。夜、涙止まんなくなっちゃってさ」
うん、わたしもきっとそう。
「それで、今でも、念のため、替えのぱんつ、持ってるんだ。またいつか、やっちゃいそうな気がして」
そっか。なんか、ごめんなさい。
「あ、これ、アンダーザローズね」
えっ。
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