『プールサイド』

−1−
 それはもう、腹の立つくらいのひかりが空から落ちてきていて、けれどさっきから、背すじの震えが止まらなくて、からだが感じているのは寒気、いや、悪寒。
 いっそこのまま、透きとおるあの水のなかに飛び込んでしまおうか。だれか溺れてくれたら、わたしはまっさきに水に飛び込む。それでわたし、おしっこ、できる。

「ちょっとォ、まだぁ? いつまでトイレ入ってるのよ!」
 少女はボブカットの毛先を揺らしながら、どん、と扉を叩いた。
「遅れるよ、わたし、とっくに支度できてるんだから!」
 前かがみで、両ひざをすり合わせるような仕草。いくら自分の家だからって、年頃の少女が決して見せてはいけない格好。
 けれどいや、家の中だからこそか、あからさまな「我慢のポーズ」を取ることが出来たし、むしろそれだけ、彼女は切羽詰まっていた。
「ウンコしてんだよ、ちょっと待てよ」
 扉越しのくぐもった声が、よけい、彼女の胸の内を逆なでする。
「時間あったんだから、もっと早く行けばいいじゃん! ねぇ、急いで!」
 ぱたぱた、両脚を踏みならしながら、もう一度、扉を叩く。
「待って、って言ってるだろ、うるせぇなぁ!」
 夏休みの始まった最初の土曜日。
 今日も清々しいくらいの青空で、部屋のなかの空気ももう、むせ返るように熱い。いつもと変わらない朝だけれど、そうだ、夏休み。のんびりした解放感と、ほら、あの、カナカナゼミの声を聞いたときみたいなどきどきする感じが交ざって、今日は何か楽しいことがあるんじゃないか、そんな朝。
 ざああぁっ、
 扉越しに、水の流れる音がする。
 でも、個室の扉はまだ開かない。
「もぉ、早くゥ!」
 絞り出すみたいな、少女の声。
 鍵が外れる、扉が開く。少女は強引にノブを引くと、先客を押しのけ扉を閉めた。
「もぉ、たかあきのぐず、のろま!」
 腰をおろしてから、鍵をかけていなかったことに気がついて、あわてて閉める。
 からからから、それから。
「姉ちゃんまだ? おれ先行くよ?」
 少しして、扉越しに声。
「先行っててよ! わたしも着替えてすぐ行くから!」
 しまった。
「え? 着替えるの? 姉ちゃんもしかして、漏らした?」
「違ッ! ばか!」
「怖ぇなぁ。じゃ、行ってきまーす」
 ばたん、扉が閉まったのを確認してから、彼女はそうっと個室を出、それから隣の脱衣室に滑り込んだ。



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