−2−
「もぉ、ほんと最悪」
 ため息をつきながら、玄関に鍵をかける。
 篠田みく、中学1年生。身長は学年でまん中くらいだけど、親に「トリガラ」なんて言われる細い手足のせいもあって、実際の年齢よりも幼く見られることがほとんど。
 切れ上がった目はぱっちりと大きく黒目がちで、それもたぶん、彼女が幼く見える一因。
 アブラゼミがせわしなく鳴く、公園を通りぬける。ついこの間まで通学路だったはずなのに、もうずいぶん通っていなかったような、なつかしい感じがする。
 夏休みの週末、小学校のプールが解放されて、近所の子供たちはだいたい半日、プールで過ごす。今年4年生になる弟のたかあきも、その一人。
 解放と言っても、プールを利用できるのは小学生だけで、もう中学生のお姉ちゃん、みくは入ることができなくて、それでも彼女が弟と一緒に出かけなければいけないのは、近所で持ちまわる「プール監視」の役割を親が引き受けてしまっているから。
「自分たちの予定も考えずに引き受けるんだから」
 プール開放の初日、さっそく篠田家に監視の順番が回ってきたのだが、お父さんは仕事、お母さんも習いごとの日で、
「みくちゃん、行ってもらってもいい? 大丈夫よ、ただ立ってるだけだから」
その一言で、押し切られてしまった。

 小学校の裏門。右手にはすぐプールがあって、もう賑やかな声が聞こえている。
「あ、篠田さん? お待たせしました、監視員、これでそろいました」
 プールの入り口にまわると、先生と監視員役のお母さんが3人、立っていた。
「すいません、遅くなりました」
少しうつむいて、答える。すぅはぁ。
「それでは、説明を始めます。お暑いなかお疲れ様です。プール監視ですが、子供たちがプールサイドを走ったり、水の中で危険な事をしたりしないよう、見守ってください。危険な行為を見つけた時は注意をしてください」
 お母さんたちはうなづずきながら聞いている。日陰に入っているけれど、熱気は容赦なくやってきて、すぅはぁ、なんだか、息苦しかった。
「実際にはあまりないと思いますが、万が一、溺れている子供がいた時は、率先して飛び込んで救助してください」
え、そうなの? 立ってるだけって言ったじゃん、お母さんのうそつき。
「それと、子供がお手洗いを使った後は、必ず水をかけてあげてください」
 そういえば、そんなことしてたなぁ。

 みくはプールがあまり好きではない。泳ぎが得意でない、というのがきっといちばんの理由だけれど、日焼けするとか体が冷えるとか、数えてみればいくつも出てきて、それで、あまり大きな声では言えないけれど、トイレが近いこともひとつ。
 回数が多いわけではないけれど、気がつくと切羽詰まってしまっていることがしばしばあって、実は、それで失敗してしまうことがたびたびある。失敗と言っても、少し下着を濡らすくらいだから、帰ってからこっそり浴室で洗ってしまえば大丈夫、だと自分では思っている。たぶん、親にもばれていない。それで、いつのころからか、下着は毎日自分で洗うようになっていた。
 いつだったか、お母さんが、
「お姉ちゃんは自分で下着を洗濯してるのよ、偉いでしょう?」
、そんな話を自慢げにしていて、内心は、かなり恥ずかしかった。



←前 次→