−8−
 ハンドタオルでそこそこ、からだを拭いて、あたらしいぱんつ。ふわふわ、あったかかった。ブラと、それに、部屋着。今日、3回目のお着替えだ。
 北向きの子供部屋は、昼間でもぼんやり暗くて、わたしは2段ベッドの上に転がって、もう、動きたくなかった。

 晩ご飯は、ほとんど手をつけなかった。夏バテ、そう言った。
 たかあきとは、口をきかなかった。何かあったの? お母さんが聞いた。たかあきは、姉ちゃんが怖ぇから友達がびびってさ、そんなことを答えた。
 次の日も、その次の日も、たかあきとは口をきかなかった。たかあきは毎日プールに行った。ときどき、友達を家に連れて来た。わたしは、なるべく顔を合わせないようにした。
 何かあったの? お母さんがそのたび聞いて、わたしは、別に、とだけ答えた。
 それで、8月になって、今日も猛暑日らしい。たかあきはあいかわらずプールに行っている。わたしはまだ、たかあきとは口をきいていない。
 お父さんが、思春期の女の子は難しいねぇ、みたいなことを笑いながらお母さんと話していた。うるさいなぁ、ほっといてよ。
 たかあきは、わたしのおもらしについて、友達と話をしているだろうか。ひょっとして友達から、からかわれたりしているだろうか。ごめん、わたしは。
 お昼すぎ、たかあきがプールから帰ってくる。はなし声がする、また友達といっしょだ。
 わたしはまた、胸が苦しくなる。すぅはぁ、すぅはぁ。
 ただいまー、遊び行ってくるー! 水泳バッグだけ放り出して、出ていく。
「たかあき!」
 わたしは、玄関を飛び出した。蝉の声に後押しされたみたいな太陽が、じりじり、照りつけている。
「何? 姉ちゃん」
 真っ黒に焼けた顔。同じくらい黒い友達。あのときの子だ。
「こんちわーっす」
 向こうから、あたまを下げてきた。
「姉ちゃん怖ぇから、みんなびびってんだよ」
 うそ、おもらしお姉ちゃん、って、笑ってるくせに。
「で、なんだよ? 昼飯までには帰るからさ!」
「一時間でお昼だからね!」
「分かったよ! な、姉ちゃん怖ぇだろ?」
 少年はくるりと背を向け、真っ黒な腕でどん、と友人を小突くと、あのときと同じように駆けだした。
 友達はもういちど、へんに神妙な顔をして、ぺこりと頭を下げた。
 そっか、ありがと、たかあき。
 わたし、おもらしお姉ちゃんじゃなくて、怖いお姉ちゃん、なんだ。

 泳ぐのはあんまり好きじゃないけれど、プールのにおいは嫌いじゃない。むしろ、ちょっと好きだったりする。まだ濡れてひかる、少年たちの髪のにおいを遠ざかる後ろ姿に感じて、少女は、大きく息を吸った。



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