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 わたしはよろよろ、先生から網を受け取った。さきっぽはずしりと重くて、おなかにひびいた。賑やかな下級生たちの声。他のお母さんたちはもう、プールのまわりをぐるっとまわって、こっちに戻ってきている。わたしはプールに近づいて、網を沈める。歩きだす。ぴちゃ、水着と一緒にプールサイドに連れてこられた水たまりに、足のうらがふれる。ぬるい、感触。その感触に、もう少し熱い水流がそそぐまで、そう時間はかからなかった。

しゅわしゅわ、しょしょ、つつつ、ぴちゃ。ぱしゃ。

 わたしは歩きながら、おもらしをした。
 おしっこといっしょに、涙があふれてきた。わたしは、水の中を気持ちよさそうに進む、網の白いゆらゆらだけを見つめていた。
 プールの長いほう、25メートルを歩ききるころ、わたしのおなかはすっかり軽くなっていて、足を動かすたびに、下着が肌に張り付いて、お日さまに照らされたにおいが、顔まで届くのが、わかった。ひどく静かだ。おしっこと、涙と一緒に、頭のなかが、流れてしまった。

「お前の姉ちゃん、ションベン漏らしてね?」

 がぁん。頭を後ろから殴られたみたいな衝撃。音と痛みが、確かに伝わった。
 更衣室の前、たかあきと、顔は知っている、友達が何人か、わたしの方を見ていた。
 目線を落としたらきっと、認めたみたいなものだ。最後のプライドが、俯くことを許さなかった。
「はぁ? まじで? 姉ちゃん漏らしたの? ありえねぇだろ!」
 たかあきの、むだに抑揚をつけた声。ごめん、見ないで。お願いだから。
「ズボン、濡れてるみたいじゃね?」
 やっぱり、分かるよね。
 少女は無言で通り過ぎる。
「そういうこと言うなよ、姉ちゃんキレるぞ」
 へんに神妙な、たかあきの顔。悔しくて、すれ違いざま、にらんでやった。
「怖ぇ! 逃げようぜ!」
 たかあきがどん、と友達の背中を押し、それからいっせいに、駆けだす。
「こら! 走らない!」
先生の声。
「お疲れ様、久しぶりの小学校、どうだった? あ、網は中のごみを取って、あっちに置いておいてね」
はい。久しぶりの小学校は、最悪でした。
 先生はそれ以上、何も言わなかった。わたしはプールの端に網を立てかけ、それからそうっと、目線を落とした。
 ショートパンツのおまた、三角形に、色が変わっている。やっぱり、分かるよね、おもらしだって。また、涙があふれた。

 トイレと更衣室の掃除は、もう他のお母さんが済ませていて、お疲れさまを言って、わたしは、学校を後にした。最後のあいさつの時、先生も他のお母さんも、何も言わなかった。
 わたしはボディバッグでなんとなく前を隠しながら、家に帰った。
 お父さんもお母さんもたかあきも、まだ帰ってはいなかった。
 まっすぐにお風呂場を目指す。うちのお風呂は窓がないから、昼間でも暗い。
 灯りは付けずに、ショートパンツと下着を脱ぐ。ひんやり冷たい、お風呂場の床。
 洗面器に、水を張って、ざぶざぶ流して。水を替えて。もう一回、いや、もう一回。
 そうだ、服も流しちゃおう。汗かいたから、一度ぜんぶ、水洗いしました、って。
 ついでに、シャワーを浴びる。



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