−8−
「こんなもんすかね」
 震える声を悟られぬよう、つとめて低く言う。ドライヤーの音が消える。埃っぽい静けさが戻る。
「ありがと。におわない?」
 たぶん。さすがに顔を近づけてくんくんしたら、まずいよなぁ。
 僕はドライヤーを、洗面台に置いてくる。
 先輩はまだ、ベッドの上でちょこん、俯いている。
「ああぁ、あーくんにもばれなかったのにな」
 青年が彼女のとなりに腰を下ろすのと同時、ぽつり。
 あーくん、元彼。
 それからしばらく、沈黙。
「俺、春になったらひとり暮らししようと思ってるんですけど」
 沈黙の中、青年の声。
「ふぅん、そう」
「先輩、もしよかったら、一緒に住みませんか?」
「へっ?」
 彼女は、胸の前の不自然な場所で手を止めて、ぽかんと口を開けている。
「ゆぅくん、さりげなくすごいこと言うね」
「いや、もちろん先輩の親御さんの意見とかあるでしょうから、どうしてもとは言いませんけれど、もし、先輩が良ければ」
「いや、えー、ええええ」
 目を細めて、彼女は首を傾げる。
「あの、もちろん、無理にとは言わないんですけど。できればふたり暮らし、なんて」
 また、ぬるい沈黙。
「んん、考えておくね」
 先輩の声。いつも通りのハスキー。お願いします、青年はぺこり、あたまを下げる。それから、
「先輩、すません」
、続けた。
「謝るんだったらしないで、って言ってるじゃん」
「すません」
 そして、数時間前、ふたりがこの部屋へ来た時と同じように、少しの沈黙の後に、青年の腕が彼女の肩を包み、甘やかにからむ吐息がまだ湿り気の残るシーツへと溶けた。



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