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 恥ずかしかったー! それ以外なにも考えられなかったです。まさかおもらし見られちゃうなんて、思いもしなかった。もう死んじゃうかと思いました。ほんとに、冗談じゃなくて。心臓の音がすっごい聞こえるんです。指先とかちょお冷たくなってて。血の気が引く、ってこういうことを言うんだって。服脱いで、シャワー浴びてるんですけど、自分が何やってるかぜんぜん分かってないみたいな、ふわふわした感じで。
 からだ拭いて、着替えて、そうっと廊下見たら彼いなくて、たぶん部屋かな、って思ったんですけど、扉開けて、いったいなんて言えばいいか、ぜんぜん分からなくて。でも、このままじゃいけないから、扉開けて、彼は部屋のまん中に立ってて、にこ、って、笑ってくれて。
 もう泣きそうだっだけど、ていぅか泣いてたかな。でもなんだか、わーって、こころのどこかで、このままぎゅって抱きしめてもらいたい、思ってる自分がいて。あー、わたしやっぱり大好きなんだ、彼のこと、って。
 本当に、出会えてよかったなー。今でも、もちろん、そう思っています。えへへ、なんでこんなに好きなんだろ、とぉやさんのこと。

 少女と入れ違いに、青年は部屋から出る。置かれたままの雑巾を回収し、洗面台で丁寧に洗って、そのうちの一枚で、もう一度、廊下を拭く。
 それから、部屋に戻る。今度はまん中に立っているのは少女の方で、青年は、これでよし、ひとり言のように、言った。
「まず、座りましょうか」
言いながら青年が椅子に腰かける。つられるように、少女も座る。つい先程まではあらわにされていた膝が、紺のジャージの裾から、見え隠れする。
「このまま、コーヒー飲みに行ったら、先輩に怒られちゃうかなぁ」
「え?」
 彼女がまた、目を丸くした。
「ちょうど時間ですし、ここまでにして、コーヒー、飲みに行きましょうか」
「あ、その、えええ?」  彼女はきょろきょろ、あたまを振る。二つに結ばれた黒髪が、追いかけっこをするみたいに、揺れる。
 静かな午後の日差しが、窓をくぐる。少しの沈黙のあと、
「いつか、一緒に行きましょう」
日のひかりに浮かぶ少女の白い頬を見て、青年は、目を細めて、言った。

 そして、その翌週。授業が終わってから、話しを切り出したのは青年の方だった。

好きです。私とお付き合いをしてください。

丸い目をもっとまるくして、ぽかん、口を開けていた彼女だったけれど、

はい、よよよ、よろこんで!

 高校の合格通知が届き、二人はお付き合いを始めた。
 受験が終わるまでは、先生と生徒のままでいましょう。告白のあと、そんな台詞を彼は言ったそうだ。まったく、真面目と言うか、意地っ張りと言うか。
 すぐに二人は、まぁ、もともと母親の紹介だったこともあって、親公認の仲となり、また彼がひとり暮らしをしていたものだから、毎週末には彼女が彼の家を訪ね、さながら半同棲のようなあり様だった。夏休みなどともなれば、完全に同棲、彼女が自宅にいる日の方が少なかったほどだ。
 彼の方も、彼女が家に来るようになると、寝具やソファはおろか、車のシートまで防水仕様に替え、わたしのような者からすればそれはそれは羨ましい出来事を繰り返したらしい。
 本当は、このあたりも詳しく書きたいのだけど、これ以上書くとわたしは本当に友達をひとり無くしそうなので、はなはだ不本意ではあるが、このあたりで筆を置こうと思う。
 この春、夢泉さんは念願の看護師学校に入学を決め、あたらしい生活を始める。どうやら、本当に彼と一緒に住むようだ。まったく、羨ましいったらありゃしない。
 きっと、あたらしい場所で、環境で、いろいろ、大変なことも(もちろん、おしっこ的な意味で・笑)あるでしょうけれど、いままで通り、その明るさで乗り切ってください。そして、優しい彼氏にいっぱい慰めてもらってください。いいなぁ。
 それと、結城君は本当にあなたの事が好きだから、まぁ、よろしくお願いします。心配はしていないけれど、いちおう、自称彼の親友より。
 最後に、夢泉さん、そして結城君、足掛け4年、こんな変態に付き合ってくれてありがとう、本当にいい夢を見られました、と、自嘲気味に言いつつ、まとめといたしましょう。
 どうか、末永くお幸せに。

『れもん・どりゐむ 完』



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