『ひみつ』

ー1ー
 外国のお菓子みたいにピンク色のつつじが、膝の下あたり、どこまでも続く歩道。
 植栽をへだて向こうは、ひっきりなしに車の行きかう4車線の幹線道路。
 少女は、膝より少し上の紺色のプリーツスカートをせわしなく揺らし、家路を急ぐ。首すじを汗が流れるのが分かったが、頬のあたり、きみの悪い冷たさがへばりついている。
 はじめての定期テストの1日目は、それなりの出来で、苦手な社会科は明日。早く帰って復習しなきゃ、ノート、コピーさせて? え、今から!? そんな話をしながら、学校を出た。
 もうすぐ13時。日はまだ高く、空は青い。父さんも母さんも仕事だし、妹はまだ小学校。わたしは帰って、たぶん冷蔵庫にある昨日の夕飯の残りを食べて、それから試験勉強。
 けれど、それより先に、帰ったらまず済まさないといけないのは、おトイレ。
 まだ冷房は入っていなくて、窓は全開になっていたけれど、それでも初夏の陽気、試験の合間、ずいぶん水を飲んだ。学校でおトイレを済ませれば良かったのだけど、友達と話をしたり、なんとなく行きそびれてしまった。
 家まで歩いて20分、校門を出た時は、考えもしなかったけれど、5分経過、あれ、思ったよりもきついかも。7分経過、駆け足になって、重い鞄ががちゃがちゃ、うっとうしくて、9分経過、走ると、黒の皮靴の靴底からひびく衝撃が、おなかの下を直撃して、やば、早歩きに切り替えて。11分経過、グレーのベストの下、じっとり、ぬめるような汗が、ブラウスに張り付く。
 どこまでも続く歩道。ゴムみたいな排気ガスのにおいが、車に追い抜かれるたび、する。
 早歩き。おなかの下、ぎゅうってちからを集めて。さっきから足元ばかり見ている。アスファルトのでこぼこ模様が、すごい速度で後ろに流れていく。まるで、自分が流されているような、錯覚。
 ときどき、誰かの足とすれ違う。追いぬいていく自転車。わたし、きっとひどい顔をしている。足元を見たまま、進む。
 ごうっ、トラックか何かか、低い大きな音が、隣を過ぎていく。生ぬるい風。同時に、大きな波が来た。太ももをこすり合わせるように、たぶんくねくねして、前に進もうと思ったけれど、あっ、だめかも、立ち止まって、道路と反対の、工場みたいな、建物の方を向く。同時に、前後左右確認、誰もいない。鞄をさりげなく前に持ってきて、ちょうど陰になるおなかの下、左手でぎゅっ、抑える。
 小学校のころは、よくやっていた。放課後、公園でみんなで遊んでいると、友達の誰かひとりは、このポーズ。今考えるとすごい恥ずかしいと思うんだけど、あの頃はみんなやっていたから、わたしもずいぶん、やった。
 指先に、スカートのざらざらした感覚越しに、からだのあったかさが伝わる。両方の膝がくっつきそう。少し、楽になる。大丈夫かな。そっと、指を離す。それからまた前を向いて、すぐに足元だけを見て、歩く。大丈夫、だいじょうぶ。
 横断歩道が見える。あれを越えれば、もう家だ。青信号、間に合う? 早足2倍速。あー、だめ、ちかちか。赤になっちゃった。
 車道ぎりぎり、信号待ち。また、大きな波。鞄をからだの前に持ってきて、あのポーズ。
 横断歩道の向かい側、高校生かな、自転車に乗っているお姉さんがひとりと、よくわからないけど、大きな袋を2つ提げた、たぶんおばさん。
 ちら、目線を下げる。鞄の後ろの指、見えてないよね?
 きっ、隣に自転車が止まる。おじさん、いや、おじいちゃんか。とっさにからだの向きを斜め30度。
 まだ変わらない、信号。やばいやばいやばい、おなかの下、すごいちからが落ちてくる。
 ぎゅうう、抗うけれど、痛いと感じて、だめ、我慢しなきゃ。おじいちゃんと反対の方、首を向けて、きゅう、くちびるを噛んで。
 かたかた、腰が自然に上下しちゃう。震えてる? どうか、変に思われませんように。信号、はやく変われ! いまにもあふれそうな、おなかの下。指先が、冷たくて、硬い。
 はやく、はやく、はやく! おしっこしたい、おしっこ! こころの中で、何度も繰り返す。ぴくっ、ぴくっ、指先から、布地を2枚隔てた向こう、筋肉が、へんな振動をしている。こんなにおしっこ我慢したのなんて、いつ以来だろうか。もぉ、はやく変わって!



←Top 次→