『水源のアリエ・第2話』

ー1ー
 朝から、よく晴れた日であった。陽のあたる屋外にいると、汗ばむほどの陽気。
 アリエとレツィタティファは、女子寮の裏手にある、生徒と教員合わせて200名以上の食料をまかなう広大な畑の、さらに向こうの小川のほとりで洗濯をしていた。
 二人そろって、今朝はシーツを濡らしてしまった。今ではレツィタティファも、アリエにならい急ごしらえの分厚い座布団を、シーツの下に敷いている。

 水を吸う魔品があればいいのに。
 イルメナウ先生なら、作れるでしょうか?
 先生、変な魔品いっぱい作ってるからね。でも、なんて言って作ってもらうの。
 その、おねしょ、しちゃうからって。
 言えるかーそんなことー。

 きらきらと陽光を反射する水面に、白いブラウスがまぶしく輝く。
 アダマン布で作られた魔法学校の制服は、発熱、冷却の機能を持ち、寒い日はあたたかく、暑い日は涼しい。その上、布に触れたあらゆる物質を、たちどころに無毒な水に変える力を持つ。かつて、猛毒を扱う魔道士たちが、自衛のために作りだしたと伝えられ、本来は、非常に貴重で、また高価なものである。
 だが、イリーバ魔法学校の生徒はみな、アダマン布で作られた制服を身につけている。入学と共に一着だけ支給され、卒業とともに返さなければならない。在学中にサイズが合わなくなれば交換することはできるが、卒業後、手元に残ることはない。だがときおり、本当にときおり、この制服が闇の市場に出回ることがあり、それはそれは法外な値段で取引をされているらしい、生徒たちの小さな噂話である。
 少女らは額の汗をぬぐい、シーツや寝巻、タオルの類、そして下着や肌着と、秘密の座布団をひとつひとつ小川で洗い絞ると、木を編んだ大きなかごに投げ入れる。
「これ、洗うと重いね。今夜までに乾くかなぁ?」
 かごの底で、まだぽたぽたとしずくを落としている、座布団を見やり、レツィタティファは言った。
「難しいかもしれませんね」
 アリエが首をかしげる。
 今夜、しちゃったらどうするのよ? 口にしようと思ったけれど、やめた。
「布を乾かす魔法、苦手なんだよね。うっかりすると焦げちゃう」
「ちぃちゃんは、できるからすごいです。わたしなんて、制服を乾かす魔法も、まだ使えません」
 アダマン布は、魔力によっても、自在に発熱や冷却をさせることができる。先日のアリエの粗相の際、医務室のイルメナウ先生が見せた通り、布じたいに働きかけ、たちどころに乾かしてしまうことだってできる。多くの生徒は、気温や体調に合わせ、自分で温度を調整しているのだが、アリエにはまだ、それもできない。
「まぁ、わたしたちは1年以上、勉強してるから」
 眼鏡を直しながら、レツィタティファは答えたが、アリエが決して、魔法が得意ではないことは、ずいぶん前から気付いていた。

さあっ。

 突如、頭上を横ぎる影がある。
 まさか、また、魔物!?
 少女たちは思わず、からだを強張らせ、空を見上げる。
 すると。一度は小川の向こうの森の、さらに向こうへ消えた影であったが、ゆるゆるとこちらへ、戻ってくるではないか。
「オーデルさん、ザーレさん、ちょうどいいところに」
影が、空を滑るように二人のもとへと降り立つころには、それは箒に乗った、魔法学校教員、カンタート・オーデル先生であることが分かり、少女たちはようやく、からだの強張りを解く。



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