ー２ー
「先生、何か、御用ですか？」
　小川のほとりに置かれた、いっぱいの洗濯かごから下着がのぞいていないか、眼鏡の少女はちらと気にし、話しかけた。
「実は、急ぎの用がありましてね、ちょっとお願いをしたいのですが」
「なんでしょうか」
　アリエが、答える。
「森で、取ってきて欲しい薬草があるのです」
　森、と聞いて、少女たちの顔が再度、引きつった。
「森は、生徒は立ち入り禁止ではないのですか」
　レツィタティファが、低い声で尋ねた。
「先日のことは、聞いています。二人には本当に恐ろしい思いをさせてしまいました。我々としても、胸が痛むばかりです」
　銀色の前髪を揺らし、先生は、眉をひそめた。
「だったら、どうして」
　なおもレツィタティファは、低い声で続ける。
「無理に、とは言いませんが、ちょっとわたしも、いろいろと用事をかかえていましてね」
　額の汗を手の甲でぬぐい、彼は言った。
「お願いできませんか？」
「先生、ザーレさんは、本当に恐ろしい目にあったんです！　もう二度と、あんな目には合わせないで欲しいと思います！」
　それは、澄んだ、しかし力強い声だった。さあっ、川を渡るかぜが、３人の間を吹き抜ける。
　ありぃが、先生に、それも、オーデル先生に、意見をするなんて。レツィタティファはぱっと、アリエの方を向いた。
「ごもっともです。分かりました。この話は、無かったことにして下さい」
　茶色の長いローブをひらりと揺らし、彼は箒にまたがった。
「待って下さい」
　レツィタティファが、その後ろ姿を引きとめた。
「どうしても、急ぎの用ですか」
「できれば、お願いをしたい」
「わかりました、お引き受けいたします」
「え、ちぃちゃん！？」
　アリエは目をまん丸にして、言った。
「ありがたい。では、この場所で、トフォルニレアの葉を取ってきてもらいたい」
　彼は、懐から薄い黄色の、四つ折にされた紙を取り出した。
「地図には魔法がかかっています。葉に近づけば、紙が光ります」
　レツィタティファに手渡しながら、言う。
「それと、退魔の術をかけておきましょう。もし魔物がいたとしても、この紙を持っている限り、あなた方に近づくことは出来ない」
　少女の持つ紙に向け、彼は人差し指を伸ばす。その指先から、しずくのようなひかりがこぼれ、ぱっぱっ、紙に落ちると、かすかな波紋を描き、消えた。
「では、お願いをいたします。日暮れまでに、教員室へ持ってきてくださればありがたい」
「分かりました」
「頼みましたよ、ありがとう」
　彼は再び、箒にまたがると、音もなく宙に浮かび、もと来た方へと飛び去った。
「ちぃちゃん、どうしてですか」
　アリエはきゅっと眉を寄せ、尋ねる。
「オーデル先生さ、ありぃのお父さんがわり、なんだよね」
　え、発言の意味がちょっと分からず、少し間を置いてから、
「はい、わたしは、カンタートさん、あ、オーデル先生に育てられました。ここに入れたのだって、オーデル先生が、口添えをしてれたからで」
答えると、こくり、眼鏡の少女はうなづく。
「だったら、ちょっといい顔しといたほうがいいなかな、って」
「ちぃちゃん」
「それに、オーデル先生、学校内でもかなりの実力者なんでしょ？　ここで恩を売っておけば、何かいいことあるかなー、って」
　ちょっと上を向いて、少女は言った。
「さ、そうと決まればちゃっちゃと済ましちゃおう！　部屋に戻って、準備しよっ！」
　レツィタティファは、洗濯ものの詰め込まれたかごへと走った。
「ちょ、これ、重っ！」
　つられて駆けよったアリエが、かごのもう一方を持つ。
「わぁ、重たいです！」
　よいしょ、ふたりで何とか、かごが持ち上がる。ぽたぽた、しずくが落ちる。
「もぉ、物を浮かす魔法、早く覚えたいー！」
　日はまだ、いちばん高いところまでは上りきっていない。畑では、何人かの生徒が、腰をかがめ土に向かっているのが、小さく、見えた。

「これで、いいんですね？　フルダ先生」
「さすが、オーデル先生」
「三文芝居ですよ」
　言いながら、窓からふわり、室内へ滑り込むと、箒はぱっ、と、消えてしまう。部屋にいたもう一人、同じく茶色のローブをまとった、フルダ先生と呼ばれた、金髪の長身の男性が、振り向く。
「さて、ここからはわたしが。下準備はすでに出来ています。あとは、彼女が来るのを待つだけ」
　ぱ、片手をかざすと、音もなく窓は閉じ、カーテンがかかる。部屋は、暗やみに沈んだ。

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