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わたしは、何をしているんだろう。
渡部くんの前で、おもらしまでして。
おしっこで濡れたスカートを抱えて。
どんな顔をして、教室に入ればいいの。
からり、扉を開ける。こうこうと蛍光灯が灯っている。
誰もいない。
床にはまだ少し、水ぶきの跡が光っていた。
ふっ、息を吸う。知ってるにおい。そうだ、松やにのにおい。
「清水さん!」
渡部くんが、ひょこ、顔を出した。
それから、二人にとっては、すごく長い、沈黙。
「あの、ごめん、休憩、取ればよかった」
もうすっかりおどおどして、うつむいたまま、渡部くんが言う。
「わたしこそ、ごめんなさい、その、おもらししちゃって」
謝るところがどこだか分からなくて、わたしは、たぶんいちばん言わなくていいことを、言った。
「その、これ、」
渡部くんが、白いコンビニの袋を差し出す。もしかして、ぱんつ入ってたりして。
開けてみると、バームクーヘン。しかもまわりに砂糖の付いたやつ。
「甘いもの食べると、落ち着くから」
「わたし、これ、大好きなんだ。渡部くん、知ってたの?」
「いや、その、いつか、話してたよね?」
話したかもしれない。でも、渡部くんとじゃない。
袋を開ける。指先がすっかり硬くなっていて、痛い。
ぱく、甘くて、おいしい。
「おいしい」
わたしは、そう口にした。
「あと一カ月、清水さんならぜったいできると、思ってるから」
「頑張ります。渡部くん、付き合ってくれる?」
「もちろん。二人で練習、しよう」
わたしはちょっとおかしな気持ちになって、口の中でもう一度、今さっきの自分の言葉をつぶやいた。
くちびるの端が、まだずいぶん、甘かった。
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