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弾きはじめるのとほとんど同時に、からだから液体があふれだすのが分かった。熱い熱い液体が、両脚を伝ってくるくるまわりながらすべっていくのを、からだのどこか違うところが感じていた。それから、たぶん、真下に床に落ちる、流れ。わたしのおしっこ。
意識が遠くなって、倒れそうになって、ぴちゃっ、ぴちゃっ、水たまりの上で靴がもがいた。
わたしは、何をしているんだろう。
渡部くんの前で、おもらしまでして。
「えっと、あの!」
それは、聞いたことがない、彼の声。いつもよりもさらに高くて、おどおどしたみたいな。そうだ、楽器を弾いていないときの彼は、こんな感じだ。あまりしゃべろうとしなくて、なんとなく人を避けているようで。
わたしは、そんな彼を、かわいい、と感じていた。
「き、着替えてきて!」
ばさっ、彼はいつの間にか紺のカーディガンを脱いで、横から、わたしの腰に巻いた。それから、両手を見せる。楽器を貸して、そう聞こえた。わたしはふらり、楽器を手渡す。
「こっちは、拭いておくから、着替えてきて」
彼の声の方が震えている。ちらり、横目で彼を見た。やっぱり、かわいい、と思った。
廊下に出る。
両脇の教室には全部ではないけれど明かりがついていて、それぞれ、思い思いの楽器の音が聞こえる。
わたしはまだぼぉっとして、ふらふら、教室を目指す、着替えなきゃ。ぺたん、ぺたん、どしゃ降りの後みたいな、靴音。ロッカーにジャージがある。体育用のシューズもある。靴下は脱げばいい。下着は、どうしよう。
教室の前は誰もいない。ロッカーから、ジャージの下と、シューズを取る。それから、いちばん近いトイレにすべり込む。
個室の、冷たいタイルのにおい。彼のカーディガンをほどいて、便器のふたに置くと、スカートのホックをはずす。ぱさり。後ろがわ、しっかり濡れたあと。これ、渡部くんに見られちゃったんだ。
下着を脱ごうとして、どうしよう、でも、このままじゃいられない。少し考えてわたしはまた、スカートを穿いた。
物音がしないのを確認して、いちど個室を出る。それから、洗面台で、ポケットのハンカチを濡らして、また急いで、個室に隠れた。
あらためて、スカートを脱いで、ふたのはしにひっかける。そして、下着を脱いで、スカートの上に置いて、からだ、ハンカチでごしごし。冷たい。着替えなきゃ。まず思い切って、ジャージに足を通す。
つぎ。片足づつ拭いて、靴を替える。それからまた、物音がしないのを確認して、洗面台に走ると、下着と靴下とハンカチを、ざぶざぶ、洗った。普段ならぜったい触れない場所に、ジャージの布が当たる。
もう一度個室へ引き返すと、少し考えて、わたしはジャージを脱いだ。やっぱり、のーぱんはあり得ない。洗いたての下着に、脚を通す。冷たい。
靴下とハンカチはスカートに包んで、それから、もう片方の手に渡部くんのカーディガンを持って、なるべくひっそり、トイレを出る。通り道、ロッカーからジャージの上を取って、腰に巻いた。渡部くんのカーディガン、クリーニングに出した方が、いいよね。
とぼとぼ、廊下を歩く。また楽器の音や、話し声がする。さっき、ほとんど消えかけた意識で後にした教室が見える。心臓が、思い出したように、拍を早める。はっ、はっ、はっ、苦しい。
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