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『水源のアリエ・第３話』
ー１ー
「ちょ、これ、かわいいんだけど！ ありぃも買わない？」
「ええぇ、わたしはこっちのほうが好きですぅ」
決して広くはない店内に、少女たちの華やいだ声が響く。
食堂の一角に設けられた購買部。寮生活を行うイリーバ魔法学校の生徒たちが、ほとんど唯一、買い物を楽しむことができるそこは、休み時間ともなれば、だいたいいつも、甘酸っぱい少女らの熱気でごったがえしている。
午前の授業が少し早めに終わったものだから、二人は昼食も後回しにして、今だとばかりに購買部へやってきた。
授業に使われる教科書や参考書の類、あるいは様々な魔品、都市で売られている雑誌も置かれていれば、少女たちのこころをなぐさめる小さなお菓子、可愛らしい人形、小物、自炊をする生徒たちのための食材や香辛料、そして、数は多くないけれど、よそいきのおしゃれな衣類やアクセサリ、少し背伸びをした下着までが、所狭しと、並べられている。
決して広くはない場所にそれだけのものが置かれているのだから、用を済ませたら速やかに店を出ること、これは、生徒たちの暗黙の了解である。あるいは、購買に留まれる時間で、学校内での力関係が分かる、そんなことも言われている。
「あっ、あの、わたし、その、下着を」
可愛らしい小物を次々と手に取る友人と、次第に混みあいはじめてきた店内とを交互に見ながら、少女は小声で言う。
「はいはい、とっとと持ってきて、一緒に買っちゃうから」
眼鏡の少女はすでに、本を一冊、お菓子を２袋手に持ち、さらに、小さなビーズのアクセサリを握っていた。
「ちぃ、いつの間にそんな」
「ありぃがのんびりしてるからでしょー、ほら、買うよ！」
「は、はい！」
学校生活において、お金を使う場面はあまりない。
食事はもちろん、衣類など日用品も含め、基本的にはすべて学校が用意する。だから、たとえまったくお金を持っていなかったとしても学内で困ることはないのだが、この購買部に一歩足を踏み入れれば、どうしてもお金を使いたくなる。これもひとつの魔法、と、誰かは言う。
いわゆる仕送りを受け、現金を手に入れる生徒たちもいるのであるが、そうではない生徒たちももちろんいる。アリエもレツィタティファも、後者である。
では、そんな生徒はどうやって現金を手に入れるのか。
「おばさま、これ、いつもの」
店の一番おく、ほとんど品物に埋もれるように座る、この店の主、誰が呼んだか「おばさま」に、レツィタティファは、握りこぶしくらいの袋を取り出し、渡した。
「あいよ、出来は確かだろうね？」
野太い声、睨みつけるような目線。にやりと開かれた口からは、ところどころ金色におおわれた、でこぼこの歯がのぞく。レツィタティファの後ろで、アリエは小さくなっている。正直、「おばさま」が苦手である。友人に連れられ、はじめてここで買い物をしたとき、その迫力に押され思わず下着を濡らしてしまって、いまでもきゅう、おなかの下が熱くなるような気が、まだする。友人にも、ないしょにしているけれど。
ふしくれだった手で白い袋を受け取り、ゆっくりその口を開く。
「ああ、いい匂いだ。いいよ、いま手に持ってるの全部、持って行きな」
「交渉成立、ね」
眼鏡のふちをきら、と光らせ、レツィタティファはまだ後ろで小さくなったままの少女の手を引き、すでにすし詰めとなった店内を後にした。明日の昼には、「美容と健康に、特製ハーブティ」なんて書かれて、さきほどの小袋は店の一角に並べられているだろう。
レツィタティファは、その薬の知識を生かし、さまざまなハーブティを作っては購買部に納品することで、現金収入を得ている。
他にも、学内でお金を稼ぐ機会は、実はずいぶんあって、例えば寮や校内の掃除、食堂の食器洗い、それから畑や牧場の手伝い、場合によっては教務の補佐など、生徒たちはおもいおもい、自身の得意なことを通じて、金銭を得ている。購買に置かれているアクセサリやぬいぐるみ、お菓子の一部などは、だいたい、器用な生徒の手作り品であることが多い。
アリエはと言えば、せんじつ森へ向かった際に見かけて以来、すっかり動物が気に入ったらしく、牧場の手伝いを進んでするようになった。
ほんとうは、牧場のとなりの男子寮が気になるんじゃないの、あるとき冗談めかして、レツィタティファは言ってみたのだが、返ってきたのは動物についての話題ばかりで、それ以上は黙ってしまった。
「さ、お昼にしよっか」
買い物をかかえたまま、ふたりは食堂のカウンターへと向かう。すでに食堂内もたいへんな賑わいで、二人は列に並ぶと、アリエはお盆と、二人分の食器を手に取った。
まず、積み上げられたパンから、気に入ったものを取る。それから、チーズ、色とりどりの生野菜、スープ、肉や魚料理と、順番に並べる。レツィタティファは白身魚のムニエルを取ったが、アリエの皿には赤みを帯びた硬いチーズが一切れと、ハーブ入りのソーセージが２本、乗っているのを見て、
「またそれだけしか食べない！」
「だって、おトイレ、」
毎日のことである。
「天気がいいね、今日は、外で食べようか」
「はい、ちぃがそう言うなら」
レツィタティファの提案に、アリエはにこりとほほ笑む。
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