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寮の右手側にあたる木陰に腰を下ろして、少女たちは昼食を摂る。空は良く晴れていて、風もない。
「いい天気だね」
不意に、頭上から声がかかって、アリエはパンをかじったまま、見上げる。
木にもたれるように、背の高い女性がいつの間にか、立っていた。木漏れ日に透ける金色の髪は美しく、上質な紅茶のよう、と、少女は思った。そんな、上質な紅茶なんて口にしたことはないけれど。
「るるる、ルネさまぁッ!?」
レツィタティファはその姿を見るや、お盆を膝に乗せたまま、ぴょんととび上がると、一歩、いや、二歩ぶん、後ずさった。スープがこぼれないか、どきどきして、アリエは見つめる。
「ちぃ、お知り合いですか?」
「る、ルネ様、いや、ルネ先生だよッ! ありぃ、知らないの?」
まだぺたんと腰を下ろしたまま、すっかり頬を上気させている友人を見、やっぱりスープがこぼれないか心配で、アリエは四つんばいで、ととと、近づく。となりに並んだ少女の耳元で、ぱくぱく、レツィタティファは声を殺した。
「剣術指南のルネ先生! 全校生徒の憧れ! もぉ、授業以外で話しかけられるなんて、奇跡だよぉ!」
耳元に触れる吐息で、彼女の興奮のほどがうかがえる。
ふと見れば、遠巻きに、木の陰や建物の陰、じっとこちらをうかがういくつもの目がある。
「ほら、ルネ先生のおっかけ。分かる、遠くから見つめるだけで、癒しだよぉ」
レツィタティファは頬を上気させたまま、続けた。
先生、ご挨拶をしなきゃ。
アリエは立ち上がる。
「はじめまして、2学年、アリエ・オーデルと言います」
立ちあがって、自分よりもあたま二つ分ほど大きい彼女と向き合い、その背の高さに改めて、おどろく。まん中で丁寧に分けられた金色の前髪、その目は、透きとおる深い深い湖のように、青い。
「はじめまして、剣術指導のルネです。よろしく」
背は高いけれど、歳のころは自分たちとそう変わらないように見える。この若さで、先生なんだ。
「いい天気ですね、とても気持ちがいいです」
「そうだね、気持ちがいい」
そして、沈黙。何を話せばいいんだろう。
「あー! ルネ先生ー、やっと見つけたぁ!」
その沈黙は、甲高い、アリエには聞き覚えのある声に遮られた。
「イルメナウ先生、どうされました?」
白いロングスカートと白いジャケットが、陽のひかりに映える。彼女は細長く丸められた紙の束と、大きな布袋を抱えている。なんだか分からないけれどたくさんの荷物を抱えて校内を走る先生を、そう言えばかなり、見かける。
「いやぁ、またいつものお願いなんだけど、これ、森の賢者のところまで、届けてもらえるー?」
「ももも、森の賢者ぁッ!?」
とろんとした目でルネ先生を見上げていたレツィタティファであったが、またぴょんととび上がると、やはり座ったまま二歩ぶん動いて、もと居た場所まで戻った。
「あちゃ、まずいこと聞かれちゃったかな」
イルメナウ先生は、べ、舌の先を見せると、
「ルネ先生、後はよろしく! これ、お願いね!」
ぽん、と、布袋を投げると、ルネ先生がそれを受け取るころには、もう、校舎の向こうへと消えていた。
「聞かなかったことに、と言うわけにはいかないよね」
布袋を片手の持ったまま、彼女は首をかしげる。青い瞳、そうだ、カンタートさんと同じ色、アリエはその横顔を見上げて、思った。
「ルネ先生、ご無理を承知でお願いいたします、わたしを、森の賢者に会わせて下さい!」
さすがにお盆を置いて、少女は立ち上がると、深々と頭を下げる。そのあまりの勢いに、ちぃ? どうしたの? 今度はアリエが首をかしげる。
「森に行くよ。もしかしたら、何日か森の中で過ごすことになるかもしれない、それでも、いいかな」
「はい、ルネ様とご一緒できるのなら、じゃなくて、森の賢者に会えるのなら、たとえ火の中でも、森の中でも!」
「自分の身は、自分で守れる?」
「はい、決して、ご迷惑はおかけしません!」
もう一度、からだを二つ折りにする。左側で揺れる毛束の先が、あと少しで地面に届きそう。
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