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「先生、わたしに戦い方を教えて下さい。わたし、もっと、強くなりたいです」
「進むべき道を見つけたようだね。分かった、付き合おう」
「ありがとうございます!」
 深々と、あたまを下げる。
「よかったね、ありぃ」
 友人が目を細める。
「ただし」
「はい」
 少女は背すじを伸ばし、次の言葉を待つ。
「ご不浄の近いところで、頼むよ」
 少し、目線を流して、言った。
「みなさんで粗相ばかりしていては、格好がつきませんからね」
「え?」
 3人ではない、女性の声。
 振り向けば、木立の間、少女、いや、女の子が立っている。
 見たこともない黒い宝石のような、透きとおった光をはなつ瞳のすぐ上で、まっすぐにそろえられた長い黒髪、肌はアリエと同じくらい、いやさらにくもりのひとつもなく、白い。
 この深い森のなかで出会うには、あまりに似つかわしくない女の子、いや、あるいは本当に、森の妖精か。
「まさか、ここでお会いできるとは」
 ルネがひとつ、あたまを下げる。
「先生、もしかして」
 レツィタティファが目をまんまるくして、ルネを見る。
「そう、彼女が森の賢者、精霊使いだ」
「えー!?」
 二人の生徒は、同時に叫んだ。
「わたし、てっきりおじいさんを想像してました!」
「わたしも!」
「それで、何か御用ですか? まさか、ここまでお手洗いをしに来たわけではないでしょう?」
 目をぱちくりさせる二人には目もくれず、彼女は言う。
「ああ、これ、いつものです」
 ルネは、リュックサックから、先日の白い布袋を取りだす。
「いつも、どうも」
 少女は受け取ると、
「じゃあ、わたしはこれで」
 ふわり、まるで宙を滑るように、木立のなかへと歩んだ。
「ま、待って下さい」
 呼び止めたのは、レツィタティファ。
「お伺いしたいことがたくさんあります! どうか、少しだけ、お時間をください!」
「お伺いしたいことはたくさんなのに、お時間は少しでいいのですか?」
 瞳だけがわずかに動き、少女が切り返す。おもわず、返答に詰まる。
「あの、その、ちぃちゃんは、あなたに憧れてッ!」
 沈黙を払おうと、アリエが声をあげる。
「それで?」
 なお少女は、表情ひとつ変えない。
「それで、それで、その、その」
「なんですか?」
「お友達になってくださいッ!」
「は?」
「ありぃ、なに言ってるの! すいません、この子、ちょっと」
 アリエの口をふさぐと、むぐむぐ、むぐぐ。
「面白いですね、あなたたち」
 やはり表情ひとつ変えないけれど、その声は少し笑ったように、アリエには聞こえた。
「気に入りました。これ、どうぞ」
 少女が、手のひらを上に向ける。何もなかったはずのそこに、きら、いちどひかりが瞬くと、黒い、まんまるい玉が乗っていた。
「まさか、それは!」
 ルネが、大きな目をさらに大きくした。
「あなたたちの必要とするとき、これでわたしを呼んでください。伺いますよ、気が向けば」
「すごい! 魔法みたいです!」
「あなたも魔法使いでしょう」
「精霊石、まさか、本物を目にすることができるとは」
 ルネはまだ、目を見開いたまま。
「ありがとうございます!」
 レツィタティファは深く、あたまを下げると、両手でその石を、握った。
「嘘です」
「えー!?」
 3人。口がぱかんと開く。
「そんなもの無くても、あなたたちがわたしを呼べば、聞こえます」
「えー!?」
「では、わたしのいままでの苦労はなんだったんだ」
ルネの心の声。
「だってあなた、わたしのこと呼んでないでしょう?」
「いや、えええ?」
 眉がハの時になったまま、戻らない。
「そうだ、お名前、教えて下さい! わたし、アリエ・オーデルといいます!」
「知ってます。粗相の多いことで有名と」
「えー!?」
「わ、わたしはレツィタティファ・ザーレです!」
「はい、アリエさんの巻き添えを食って粗相をしてるザーレさん」
「な!?」
「お二人とも、いい歳なのに、そろって粗相ばかり」
 金属の鈴のように、高く、澄んだ声。それだけに、よけい腹が立つ。
「この、小娘ェ! 言わせておけばァ!」
「ちぃ、落ち着いて!」
ばたばたばた。むぐぐ。
「あ、わたし、エテューデ・エルベです」
「よろしくお願いします、えっちゃん!」
「えっちゃん?」
「この子、変なあだ名つけるんです、わたしもレ"ツィ"タティファだから、ちぃって」
「えええ、ちぃ、変って思ってたんですか!?」
「わたしはてっきり、レツィタ"ティ"ファさんだから、ちぃ、だと」
「違います!」
「そこ、こだわるところ? って先生、そこ、つっこむところじゃないと思います!」
「ばか、ばっか」
「この、小娘ェェ!」
「わー、ちぃ、落ち着いてくださぁい!」
 少女たちの華やいだ声が響く。いつの間にか、薄陽がさしている。すがすがしい森のかおりが流れている。
 ちからは、ちからを呼ぶ。望む、望まずにかかわらず。たとえそれが、欲せぬちからであっても。彼女らが身をもって知るのはしかし、ずいぶん後のことである。



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