ー8ー
「ありぃ、上っ!」
聞き慣れた声、同時に、いつの間に木を駆け上がっていたのか、頭上から、鋭い爪が閃き、迫る。間に合わないッ!?
 しゃあああんッ! だがその黒い巨体は、地に落ちる前に、前後ま二つに分断された。かえり血のなか、金髪をなびかせ疾風のように駆け抜けた、その目は確かに少女を見、笑ったような気がした。

「ありぃ、やったぁ!」
 友人が駆けよる。何か言いたいと思ったけれど、すっかり上がった息は言葉を紡がせてはくれなかった。そして、

もぉ、だめっ!

 耐えに耐えていた少女の欲求はついに、限界を迎える。

しゃああああああっ!

 滝のように、という言い方がまさに、立ちつくす少女のまん中から、水流が走る。

しょわああああああぁ、ぴしゃぴしゃぴしゃあ、

 あまりの音と勢いに、震える手が無意識に顔を覆うがしかし、水流は弱まることはない。一直線に地へと注がれ、見る間に大きな水たまりをつくる。駆け寄った少女の足元を飲み込み、なお、広がる。

しょわっ、しゅわっ、ぴちゃ、ととととと、とっ、

 長い長い水音が終わる。少女はまだ顔を覆ったままだが、
「よく頑張ったね、ありぃ」
声とともに、足が濡れるのも気にせず、そっと頭を抱く温もりは、感じることができた。

「って、わたしも、やばいんですけどぉ!」
「すまない、わたしも、これはッ!」

 そのわずかの後、赤いひかりを間近で受けた二人の、悲鳴が響いた。
「もうしわけない、失礼するッ!」
 ひとりはぴょんと、木陰へ飛んだ。
「わ、わわわ、わたしはもう、だめェ!」
 もうひとりは観念したか、その場へしゃがみ込み、
「ありぃ、ごめん! そのまま、見ないでねッ」
しゅうううぅっ、さきほどつくられたばかりの水たまりの上に、さらに新たなしずくを注いだ。

「たはは、参ったな、これは」
 茂みの向こう、木にもたれたまま、金髪の少女は、その端正な眉を寄せた。足元では、今まさに終わりを迎えた流れが、ほのかな湯気さえ立てていた。
「噂には聞いていたけれど、これほどとはね」
 まさか、戦友とも呼ぶべき愛剣を携えるためのベルトが、こんな形で自分の邪魔をしようとは。
 脱げないと分かり、とっさに腰をかがめたのだろう、水色のショートパンツの、前の部分こそそれほど目立たなかったけれど、おしりの方にはくっきりと、液体の通り抜けた跡が残っている。
「さすがに、このままじゃ彼女たちのところへは戻れないなぁ」
一度、頭上を仰ぐが、
「イルメナウ先生に押し付けられた服が、まさか役に立つとはね」
少女は首をかしげ、背後に手を向ける。ふううっ、少しして、白い蒸気になり、おしりのまんまるが、消える。
「下着とブーツは、どうにもならんか」
 あとで、水辺ででも洗っておこう。少女はつとめて平静を装い、その場をあとにした。
「しかし、彼女のちからを受けた直後の、あの感覚」
 ルネは、確かめるように、拳を握る。
「まさか、彼女の源動は、」

 ルネが戻ると、アリエはすでに着替えを済ませたらしく、レツィタティファに支えられるようにしてだが、立っていた。
「先生」
 その姿を見ると、よたよた、駆けよる。だいじょうぶ? 支えていた友人の口が動く。ルネは近寄られることに、多少の気恥ずかしさを感じたけれど、やはりつとめて平静を装い、少女に応じた。
「先生の、昨日のお話、なんとなく、分かった気がします」
 顔を上げ、背の高い彼女の目を、見る。



←前 次→