『水源のアリエ・第4話』

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「せぇいッ! やぁッ! とおッ!」
 当人は気合とともに発しているのだけれど、やや鼻にかかる高い声はどこか、可愛らしくも聞こえる。
 校舎を離れ、森へと少し踏み入ったあたり、広場のようにひらけたそこには人の背丈ほどの木柱が無造作に立てられていて、少女はびっしょりと汗を流しながら、突き、蹴り、小さなからだをいっぱいに伸ばし、鍛錬に励む。
「もっと体重を乗せる! 脇が甘い!」
 傍らに立つ金髪の長身の女性が、足元の小枝を拾うと、ひゅい、投げつける。それは、こつ、少女の脇腹のあたりに命中し、おっとっと、思わず、体勢を崩す。
「腰を落として! 前へ!」
「はいっ!」
 上身をぐらっ、崩しながらも、蹴りを繰り出す。しかし、体勢をたてなおすことはできず、ひゃあっ、少女は何度目かの、尻もちをついた。
「お待たせ! 特製ハーブティ、入れてきたよ!」
 木立の間から、眼鏡の少女が駆けよる。
「少し、休憩にしよう。お疲れ様」
 片手をあげ、礼を伝えると、まだ尻もちをついたままのアリエのもとへの歩み、ルネは手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
 少女はちら、と上目づかいで、少しの間のあとその手をつかむと、よいしょ、立ち上がる。
 レツィタティファは背負ってきたリュックサックから、つや消しの銀色のコップと水筒をがちゃがちゃ、取り出すと、一杯づつ注いで、ルネ、アリエの順に、手渡した。
「ああ、良く冷えていて、おいしい」
 金色の前髪を揺らし、ルネ先生は、先生と言っても、歳は自分たちの2つ上、と聞いて、改めてアリエは目をまん丸くしたのだけど、にこり、口もとをほころばせる。
「ルネ様、じゃなくて、ルネ先生に飲んでいただけるなんて、ほんと光栄です!」
 両頬に手を当て、眼鏡の少女はよろこびを隠しきれない。
「ちぃのハーブティは、絶品なんですよ」
 額の汗をぬぐいながら、アリエも笑顔になる。
 そよ、そよと、梢を揺らし風が抜ける。あ、夏のにおい、少女は、自身の汗のにおいにまじるそれを、感じる。
「では、仕上げにしようか。アリエ、いける?」
「はい!」
 コップを置き、まなざしをきっ、と据え、少女は立ち上がる。
「ちからを使おう」
「、はい」
 ルネが少女のまなざしに応える。それから、ちら、と、少し離れた木陰に目をやってから、二人はぽつぽつと立つ、木の柱のまん中ほどへ進んだ。
「すべて倒したら、わたしに向かってこい、手加減はしなくていい」
「はい」
 ありぃの一撃を受けて、ルネ様は本当に大丈夫なのだろうか、傍らでレツィタティファは、気が気でない。
「始めよう」
 こくり、少女がうなづく。いちど目を閉じて、小さく、息を吸う。

みんなを、守るちからを!

 きゅいいいんッ! 額に赤い紋様が浮かぶ。
「せいやあぁッ!」
 声は不規則な残響を引き、少女の姿は、もうそこには無い。
 べきぃ、ばきっ、どすん! 間髪いれず、おそらく彼女の身の丈よりも高い木柱が、宙を舞った。
 ばすっ、どすっ、がしぃ! さらに三つ。疾風が駆け抜ける。
 ばぁん! どぉん! ずいぶんな距離があったはずだけど、まばたきすらできぬ間、もはや、立っている木柱はない。
「すぁぁッ!」
 ばきぃいいん!
 レツィタティファがようやく捉えた少女の姿は、突き出した拳を鞘で受け止められ、ルネと対峙する格好。
「もっと姿勢を低く、無駄な動きを無くそう」
「は、い」
 微動だにせず、拳撃の余波に前髪をなびかせながら、金髪の少女は言った。
「さすが、先生です。ご指導いただき、ありがとうございます」
「ありがとう。でも、お礼は自分のことを済ませてからでも、良かったんじゃない?」
 拳を突き出した姿勢のまま、鍛錬を始めたときと同じ真剣なまなざしのまま、しかし、前後に伸びた少女の白いふともものあいだからは、ぽっ、ぽっ、つぅ、透きとおるしずくが流れだしていた。
「それから、わたしも失礼ッ」
 赤いひかりが消える間際、ルネはぱっ! 木陰に跳んだ。
「あっ、先生! わたしもぉ!」
 身じろぎもせず成り行きを見守っていた眼鏡の少女であったが、すでに限界、ぴょんぴょんと跳ねるように、反対の木陰へと消えた。
「わたしも、まだ、出ちゃ、、、!」
 残されたアリエはどこか、自身も身を隠す場所を探したが、きょろきょろしている間に、

しゅううううううぅ、

 だめ、出ちゃいますぅ、乙女の恥じらいが両手をくちもとに運ばせたほかは、なすすべもなくしゃがみこんで、布地越しの水流が、草むらに広がる。

「やはり、そうか」
 さすがにいつぞやのような失敗はせず、木陰で無事ことを済ませたルネは、着衣をなおしながらつぶやいた。
「これが、彼女の源動の正体」
、すぅ、短く息を止めた。
「わたしの探していたちから」
 木漏れ日が、白い額にまだらの影を落とした。



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