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「もぉ、替えのぱんつ、持ってきたぁ?」
 用を済ませ、木陰からひょいと顔を出したレツィタティファは、すぐにしゃがみ込んだままの友人になにが起きたかをさとって、駆け寄った。
「はい、あそこの、鞄に」
 立ち上がろうとして、かたかたっ、足元を震わせたけれど、少女の膝が伸びることはない。どうやらその場を動けない理由は、水たまりと羞恥だけではないらしい。
「取ってくるから、待ってて」
「ありがとう、ございます」
「この数日、ずっと訓練をしていたからね、疲れもたまっているんだろう」
 緑のにおいのする草を踏み、ルネが現れる。
「まだまだです。またいつ、魔物が学校に現れるかわかりません。もっと、強くならないと」
 アリエは両手をつき、いちど四つん這いのような姿勢になってから、ゆるゆると立ち上がる。
「大丈夫、ありぃ。はい、これ、替えとタオル」
 その脇をすっと、友人が支える。
「ありがとうございます、ちぃ」
「立ったままで平気?」
 すでに冷たく、肌にへばりつく布地を片手ではがそうとするアリエ。手元がおぼつかない。
「いっかい座ろう? 靴も脱がなきゃいけないしさ」
「はい、ありがとうございます」
 眼鏡の少女は、親友を支えたままゆっくり片膝をつく。その白い膝先が、さきほど自分の広げた羞恥の水たまりの上に置かれていることに気づいて、アリエは、きゅうん、拳をふるわせた。

「夏期休暇、どうするか考えてる?」
 三人は銀色のコップを片手に木陰に腰を下ろしていて、レツィタティファが口を開いた。
「夏期休暇?」
「そっか、ありぃは初めてだもんね、夏休みだよ。もう少ししたら、学校は50日間、お休みなんだ」
「え、あ、そうでしたっけ?」
「入学の時に説明があったと思うけど、カンタート先生、はしょったかなぁ」
 ルネが首をひねった。
「実家に帰る子もいるし、奉仕活動の名目で、住み込みとかでお金を稼ぐ子もいるよ、50日もあるからね、、、あっ!」
 レツィタティファは言いかけて、慌てて口を抑えた。
「奉仕活動の名目、ね」
 ルネはぱちりとウィンク。レツィタティファはまだ、しまった、の顔。アリエはふみゃ? ふたりの間をきょろきょろ。
「アリエ、奉仕活動は、知ってる?」
「いえ、あの、よく知りません」
 ん、ひとつ頷いて、
「魔道士たるもの、そのちからを社会のために使うべし、というのは学校の基本方針なんだけれど、その実践的な行動のひとつとして、在学中から魔法をいかして、社会の役に立つことをしよう、というのが奉仕活動だよ」
と、ルネ先生。
「わたしたちみたいな半人前の魔道士でも、魔法でちょっとしたお手伝いをしたりはできるでしょ? だから学校には、国中から、こんなお手伝いをしてほしい、って依頼がいっぱい集まるんだ。その中からできそうなものを選んで、お手伝いに行くんだよ」
 レツィタティファが続けた。
「もちろん、無償でね」
 ルネがまた、ウィンク。
「そ、そう、無償で」
、苦笑い。
「まぁ、教師のわたしがこんなことを言ってしまうと元も子もないんだけど、依頼によっては、ちょっとしたお駄賃をくれるところもあるんだ。よほどの額で無ければ、わたしたちは黙認するんだけどね」
「ご配慮ありがとうございます」
 また、苦笑い。
「でも、この魔物騒ぎを受けてか、最近はずいぶん危険な依頼が増えていて、ちょっと普通の学生には、手が出ないのが現状なんだけれどね」
 ふぅ、とため息をつき、続けた。
「そうなんです、護衛とか用心棒とか、そんなのが多くて。ほら、見てよ」
 そう言うとがさごそ、レツィタティファはリュックサックから、少女の顔ほどの大きさの、縦長の透きとおる板を取りだした。
「お、伝晶板の最新型。よく持っているね」
 ルネがのぞきこむ。
「事務局に無理言って、貸してもらっちゃいました」
 眼鏡越し、目が細くなる。
「さすが、2年の主席、事務局も無理を聞いてくれる」
 えへへ、それほどでも
 レツィタティファが板の表面を指でなぞると、それはわずかにひかりを放ち、文字や風景が次々と浮かぶ。
「これは?」
 アリエものぞきこむ。
「学校に届いてる、奉仕活動の依頼。でも見てよ、『村の見張りに、黒魔法士求む』とか『旅の共に、魔法剣士求む』とか、魔物から身を守るための依頼ばっかり。これじゃあちょっと、わたしたちにはできないよ」
 レツィタティファの指に合わせ、文字が流れていく。
「まぁ、確かに」
 ルネは一息置いてから、
「学生のなかには、一流、超一流の魔力を持つ子たちもいるから、そう言った子たちなら、魔物とも渡り合えるとは思うんだけど」
 えっ? あの日、わたしたちがはじめて魔物に襲われた日、先生だって手が出せなかったのに、それが、同じ学生でも魔物と戦える人がいる。アリエの胸に、黒いもやもやがねばつく。
「ただ教師としては、学生を危険な目には合わせたくない。できれば、危険な依頼は受けないで欲しい。奉仕活動といっても、自分の命まで危険にさらすことは良いこととは思わない」
 穏やかな表情。しかしだからこそ、真剣味がにじむ。
 わたしは、大切な人たちを守るためなら、戦わなきゃいけないと思う。もしかしたら、自分の命を危険にさらしてでも。それが、わたしの願い? だから、このちからが? 黒い、もやもや。
「そ、それでなんだけどさ」
 レツィタティファは指を止めた。
「これなんて、どうかな」
 声は少し、上擦っている。
「え?」
 二人がのぞきこむ。

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