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 少し坂を下ると、道も広くなって、住宅街のあいだの、小さな公園。入り口にバイクを止めて、ふたりでベンチに座る。靴、気持ち悪い。乾かないかな。
「たばこ、吸いたくてさ。ほら、住宅街で吸ってると、あんまりいい顔されないじゃん」
 仲戸川さんが口を開いた。ヘルメットを外す。はなよりも、さらに明るい茶色。肩を過ぎる、ゆるいウェーブ。
「それで、どこか吸えるとこないかなって思ってたら、ちょうど空き家っぽいとこあったからさ。ここならいいかなって」
 いや、それ、不法侵入でしょ。
「そしたらさ、まさか、先客がいるなんて思わなくて」
 いや、そもそもあそこ、空き家じゃないし。
「ほんとにびっくりしたよぉ」
 仲戸川さんは目を細めた。
「わたしだってびっくりした! まさか、誰か来るなんて、思ってなかったし」
 おもらし、見られちゃったし。
「大宮さん、何してたの? 聞いていい?」
 それで、わたしは、入学してからのできごと、あのおばさん? のこと、トイレを借りようとしたことなんてを、話した。
「やば! あそこ、空き家じゃなかったの!?」
 空き家だったとしても、不法侵入だってば。
 あ、わたしも聞いていい?
 うん。
 どうしてズボン、2枚穿いてたの?
 バイク、寒いんだよ。
 バイク通学なんだ、家、近いの?
 うん、30分くらい。
 それって微妙に遠くない?
「てぃうか、家のなかで死んでるとかだったら、まじやばくない?」
 とつぜん仲戸川さん、すごい真剣な顔。もしかして、ずっと考えてたの? まぁ、わたしも、それ、考えたけど。
「たぶん、中から鍵かかってるみたいだったから、違うと思うけど」
「密室殺人とか? あ、呪われた家的なやつかも!」
 この人、たぶん面白い人だ。
「仲戸川さん、ほんとにありがと。わたし、真夜中まであそこに隠れてなきゃいけないかと思った。ほんとに、何から何まで、ありがと。あ、そうだ、お金!」
「ん。まいど」
「それからパンツ、洗って返すからね」
「うん。あ、連絡先、交換する?」
「うん! お願い!」

 その夜、仲戸川さんからメールが来た。
『そのおばあさん、桜の精とかじゃないかな!? ほら、入口の所に切り株あったでしょ? 桜が切られちゃって、おばあさんも、、、』
 仲戸川さん、やっぱり面白いなぁ、って思ったけど、あの家が、あの人が、一面の桜吹雪に包まれて見えなくなっていく様が、なんだかやけにリアルに、はなの瞼をかすめていった。



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