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 銀色のヘルメットをかぶった知っている顔が、たばこをくわえながら、近寄ってきて、それで、わたしに気づいて、目をまんまるくした。
 しばらく言葉を失ったあと、
「大宮、さん?」
 見られた! わたしはもうどうしていいか分からずに、両手で自分の顔をおおった。心臓が猛烈な勢いで鳴るのと、頭から血を抜き取られるみたいに顔が冷たくなるのが、分かった。
「ちょ、待ってて!」
 彼女はくわえていたたばこをポケットにねじこむと、突然わたしの目の前で、ねずみいろ? のしゃかしやかしたズボンを脱いだ。その下には、デニムのスキニーパンツ。あろうことか、彼女はそれも、脱ぎはじめた。わたしはまた、言葉を失った。
 器用にスニーカーを脱ぎ、スキニーパンツも脱ぎ、白い素足。ゆったりした赤いニットのカットソーに隠れて下着は見えなかったけど、そこから伸びる太もも。同性でも、とてもえっちだと思った。
「とりあえずこれ、穿いてて! わたし、ぱんつ買ってくるから!」
 彼女はスキニーを押しつけると、しゃかしゃかズボンをまた器用に穿いて、ぱっ、塀の向うに消えた。ぶぅぅぅん、エンジン音が遠ざかる。
 わたしはすっかり、なにがなんだか分からなくて、まだぬくもりの残る彼女のスキニーをにぎったまま、立ちつくす。なにがなんだか分からないけれど、おしっこに濡れたわたしの脚を彼女のスキニーに通すことはできないことと、おもらしを見られたことだけは、分かった。
 少しして、バイクの音。胸のなかがまだ、ぞわぞわ、痛い。彼女が現れる。着替えなかったの? そっか、気持ち悪いもんね、はい、使ってよ、そんなことを言って手渡されたのは、袋に入ったままの下着と、ウエットティッシュ。
 お金、そのうち払ってくれればいいから、じゃあわたし、行くから。彼女が振り向く、
「待って!」
、わたしは声を絞り出す。
「ん?」
「その、ありがとう、ございます」
 わたしは何とか、目を見開いた。
「んん、別に、その、どういたしまして」
、言ってから、
「まぁ、同じクラスだしさ、ほっとけなかった、って言うか」
 彼女は少し、首をかしげた。
 同じクラス? わたしははっとなる。顔は知っていたけれど、同じクラス、言われるまで気付けなかった。そうだ、彼女はわたしの名字を呼んだ。でもわたし、あなたの名前、出てこない。恥ずかしさがまた、立ち上る。
「ちょっとだけ、待ってて、着替えるから。ほんとに、穿いていいの?」
「うん、別にわたし、これでいいし」
 しゃかしゃかズボンをひっぱる。
「あ、じゃあわたし、そっちでたばこ吸ってるから」
「うん」
 立ったまま、スニーカーを脱ぐ。濡れて足に張り付くみたい。靴を脱いだら、パンツ。塀にぴったりくっついて、脱ぐ。すっかり冷たくて、おしっこのにおいがして。ちょうど木の枝が目にとびこんで、脱いだパンツを引っかけた。それから、下着。やっぱり枝に引っ掛ける。
 ウェットティッシュでごしごし、おまたと、おしりと、太ももと、拭いて、新しい下着、それからお借りしたスキニー。うぅ、きつい。彼女、細いなぁ。
 靴下を脱いで、足のうらもごしごしこすったけれど、あ、この靴、また履かなきゃいけないんだ。がぁん。
 下着とウェットティッシュの入っていたコンビニのビニール袋に、濡れた下着と、パンツと、靴下と、使用済みウェッティを詰めて、きつく、口をむすぶ。ぱんぱん、鞄に入るかな。
 たばこのにおい。あの、ありがと。努めて、声にする。
「ん、どういたしまして」
 彼女はけむりを吐きながら、吸がらを黄色い携帯灰皿に入れた。
「これからどうするの? もう家、帰っちゃう?」
「あ、そうだね。ちょっと学校には、行けない」
「そうしな。わたしも帰っちゃおうかなぁ」
「あの、ごめん! 名前、教えて」
 はなは、きゅうと眉間にしわを寄せ、顔の前で手を合わせた。
「あぁ、なかとがわ、だよ。仲戸川ふうか」
「ありがと、仲戸川さん」
「立ってるの、しんどくない? ちょっと行くと公園、あるんだ。ベンチもあるし。行く?」
「あ、うん」
 おそるおそる、木立におおわれた暗がりから、顔を出す。陽射しがまぶしい。すごく久しぶりに、外出したような気分。仲戸川さんは黄色いバイクを押しながら、学校へ続く道とは違う方へ曲がった、へぇ、こんなところに路地、あったんだ。



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