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「俺、中学の時、先輩の前でおもらし、しちゃったじゃないですか」
「うん」
「あの時、めちゃくちゃ恥ずかしくて、どうか先輩、気付かないでくれって、ほんと、死にそうなくらい思ってたんですよ」
なのに。
「なのに、その夜、おもらししたのが俺じゃなくて先輩だったら、って考えたら、めちゃくちゃ興奮して。それからずっと、先輩のおもらし想像して」
額から汗が流れ落ちる。鼓動が湯船に波紋を広げているのが分かる。どっどっどっどっどっ、心臓の音が、確かに聞こえた。
「おかずにしてました」
墓場まで持って行こうと決めていた一言。長湯のせいか、それとも。ふぅっ、一瞬、本当に意識が遠のいた。それから、わずかの間だったのか、ずいぶんな時間がたっていたのか。
「、そうなんだ」
かすれた、彼女の声。震えているようには聞こえなかった。
「すいません」
浴室に立ちこめる湯気と一緒に、消えてしまってもよかった。そうか、ここが墓場か。
「べつに、いいよ、謝らなくて。わたしもしてたから」
「してた?」
「ゆぅくんのこと、おかずに」
すっかりふやけた皮膚が凍りついたかと思った。僕がおかずにされていた。顔の筋肉が思うように動かない。大声が飛びだしたくて胸の奥につかえて苦しくて、けれどそれすら、凍りついてしまったような。僕をおかずに、先輩が。想像すらしなかった出来事に触れると、本当に、固まる、動けなくなる。
「ゆぅくんのおもらし見て、わたし、たぶん、はじめて、欲情した」
凍りついたからだの奥で心臓だけが加速を続ける。きっと、はじめて先輩を抱いたときより。
「でも、男の子のおもらしで欲情するなんて、わたし、どうかしてると思って」
俺が、先輩を目覚めさせた、ってこと。ですか。
「考えないようにしてたんだけど。でも」
先輩の小さな肩が、きゅう、すくんでいて。
「どうしてもがまんできないとき、ゆぅくんのおもらし、思い出して」
それいつの話ですか。もしかして中学の時から? ていぅか何回ぐらいしたんですか。週1くらいですか。っていぅか、その、先輩、ひとりで、するんですか。って、はじめて体験談を聞いた中学生じゃあるまいし、なんて半ば自分に飽きれて。
「この話誰かにはなしたの、はじめてだよ」
俺、先輩のはじめてのひと、ってことでいいすか。
「ゆぅくん、おもらしが好きなわたしでもいい?」
「もちろんです」
先輩の言葉に反する理由が、ただのひとつだって、ありはしない。すっかり茹って真っ赤になった僕の腕に、先輩の指が絡む。振り向いた顔。汗か、湯気か、前髪がぺたりと張り付いた額。そこからのぞく、瞳。先輩が目の前にいる幸福。どうしてこんなに、好きなんだろう。
「今日のゆぅくんのおむつおもらしも、今度おかずにするから」
「え?」
「だってゆぅくん、いちど寝たらなかなか起きないじゃん」
もしかしてそれって、一緒に寝てるときのことですか? ていぅか先輩、いまもひとりでしてるですか? 想像すらしなかった出来事に触れると、本当に、固まる、動けなくなる。長湯のせいだと思いたいが、いよいよ僕は、意識が遠くなった。
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