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熱いシャワーを浴びる。ぞくっとする。長い夢から、からだが溶けて抜け出たような。鏡がくもる。その湯気と一緒に立ち上る、おしっこのにおい。できれば、熱い湯舟に飛び込みたい、そんな気分。
少しして、先輩が来た。服を着ていても細いけれど、服を脱ぐとなお細い。
「お風呂入りたいね。沸かしておけばよかったなぁ」
「いまから、入れましょうか。からだ洗ってる間に、たまるんじゃないですかね」
「うん。先に、顔だけ洗っちゃうね」
「はい」
彼女は僕の横をすり抜け、浴用椅子に座ると、きゅっきゅっ、クレンジングオイルを手に取って顔を洗い始める。僕はその後ろ姿を見ている。小さな小さな頭、肩、ぱたぱたと動く肩甲骨の先、今すぐ抱きしめたい、僕の大好きな人。どうしてこんなに好きなんだ。自分でも不思議になるくらい。けれど、先輩は。本当に僕のことが好きなのか。僕の思いと、先輩の思いと、どれくらい違って、どれくらい同じなのか。今でもまだ、不安になる。先輩は、僕のことを、どう思っているのか。
「ゆぅくん」
流し終えて、彼女が振り向く。お化粧を落としても、やっぱり可愛い。振り向いて、ちょっと伏目がちのかおをして、僕のお腹のあたりに手を伸ばした。僕は倒れるように、彼女の頭に腕をまわした。
「先輩、ひとつ聞いていいですか」
ちょっと沸かし過ぎたかな、思うより、熱かった湯船に身を沈め、僕は彼女を後ろから抱きしめたまま、口を開いた。
「何?」
「どうして、一緒に寝てくれないんですか?」
思い切って、言葉を吐きだす。震える声は浴室の反響だと思いたい。
「言わなきゃだめ?」
「聞きたいです」
「どうしよう、困った」
先輩の髪が、お湯の中でゆらゆら、揺れている。
「言えないような理由があるんですか?」
「うん」
小さく、うなづく。それから少しの沈黙。聞きたい、と、聞いちゃいけないの間を、ちゃぷんちゃぷん僕が行き来をしていると、先に口を開いたのは先輩だった。
「どうしても、聞きたい?」
「、はい」
許されるのなら。
「今日のゆぅくんといっしょだよ」
「え?」
先輩は、湯船に揺れる毛先を、白い指に絡めながら言った。
「おむつ、してるから」
「それって」
「仕事、始めてから。おねしょ、続いちゃってさ」
もうずいぶん前のことのようだけど、仕事が始まったばかりの頃、先輩は、僕より先に起きていて、着替えていて。
「それも、シーツまでぐっしょり、濡らしちゃうやつ」
久しぶりに聞く、先輩の、もにょもにょ。
それなら、布団だってずいぶん濡れていたはずだ。悔しいけれど、思い出せない。
「こんなにしちゃうの、今までなくて。洗濯も大変だから、おむつしようと思って」
どうして。僕は、先輩のおねしょのこと、知っているのに。いまさら隠さなくったって。って、口にしたつもりはなかったんだけど。
「おむつ替えたりとか、洗濯したりとか、けっこうばたばたするじゃん。だったら、一人で寝たほうが気楽じゃん」
もにょもにょ。先輩、俺に気つかってくれて?
「おねしょ、恥ずかしいんだよね」
声が震えていた気がした。笑ったのか、そうでないのか。本心なのか、それとも。
「でも、俺は、おねしょしちゃう先輩も、めっちゃ可愛いと思います」
これは、俺の本心です。先輩がおねしょしちゃっても、おむつしてても、俺、一緒に寝たいです。
「わたしは嫌なの。ほんとに、嫌。おねしょしちゃうの」
こぉぉぉぉ、換気扇のまわる音がする。流れ落ちる汗が、目蓋をかすめる。
「先輩が嫌なら、このまま、一緒に寝なくでもいいです。でも、俺、先輩のこと大好きだし、おねしょしちゃう先輩も、先輩のおもらしだって、すごい、可愛いと思ってるのは、本当ですから。それだけは、知っててください」
言葉が、止められなかった。
「ゆぅくん、おもらし好き?」
え。すこしの間のあと、返ってきた言葉に、青年はきょとんとした。
「おもらしで、どきどきする?」
少し、考えた。思い当たる話がある。でも、言うべきか。言わざるべきか。いや。
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