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『水源のアリエ・第5話』 
 
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 目をやれば、あたりは深い森。どこか、魔法学校まわりのそれを思い出す。お屋敷の入り口へと続く、温かい黄色味を帯びた石畳と、まるで誘うかのように通路を開け配された花壇のほかは、道さえ見当たらない、一面の森。いったいこの場所に、どうすればたどり着くことができるのか、転送魔法でぽぉんと現れた一行には、想像もつかない。 
 そうだ、あいつ。あたりを窺うが、あの仮面の魔法使いは、文字通り、影もかたちもない。いつの間に。進むしかない、ってことか。 
 歩きだそうとした矢先、少女たちの背丈の倍はあろうかという、白亜の両開きの扉が、重く、ゆっくりと開く。開け放たれたその半円形の入り口から、頬笑みをたたえ現れる少女が三人。みな黒い長いワンピースドレスに、フリルのたくさんついた白のエプロン、しっとりとした金色の小さな頭にも、おなじフリルのヘッドドレス。 
「ようこそお越しくださいました、ご案内をいたします」 
 微笑んだまま、鈴を鳴らすような声で、先頭のひとり。それから、お荷物をお預かりいたします、後ろのふたりが、アリエたちの抱える例の白い袋に手をかけ、持ち上げると、そのまま屋敷内へと消える。三人とも、まるで人形のよう、レツィタティファは思った。 
 それから、残ったひとりに案内され、入り口を通る。アリエは言葉を無くした。こんなにもきらびやかな建物が、この世にあるんですね。 
 高い天井、見上げれば二階か、バルコニーが張り出し、足元はと言えば、精密なモザイク模様が描かれた輝くタイル、その上に、これまた緻密な金の刺繍が幾重にも施された赤い絨毯。高い天井には、美しい有機的な形状の魔晶石が飛び立つ鳥の群れのごとく折り重なって輝き、ガラス窓から注ぐ陽光と見まごうばかり。そしてそれら壁、天井、いたるところに、白と金の、見事な彫刻で隙間なくおおわれている。 
 アリエはまだ、自分がこの場所にいることが信じられなくて、言葉を紡ぐことができない。 
「お食事の支度ができるまで、もう少しお時間を頂戴いたします。その間、どうぞ、こちらへ」 
 おそらく給仕なのだろう、少女がてのひらで行き先を示す。正面、バルコニーの下には入り口と同じくらいの大きな扉があったが、それは閉じられていて、少女らはその脇の冷たい階段を曲がりながら上り、二階へと通される。人の気配を感じない、得体の知れない静謐。片側一面のガラス窓からやってくるひかりに、輝くばかりの廊下が長く続いていて、反対側にはいくつもの扉が整然と並び、一行はそのうちのひとつに、案内された。 
「ご支度ができましたらご案内をいたします。どうぞゆっくりおくつろぎください」 
 少女は、人形の頬笑みを崩すことなく、扉を閉めた。 
「どこに座れば、いいんでしょう」 
 しばらくの沈黙のあと、銀髪の少女がまるであたりを伺うみたいな調子で、声を出した。 
 正面には大きな窓。室内は、古い楽器のような飴色を基調に、同じく飴色の調度品、途中でちぎれていないことが不思議なくらい繊細な金の装飾、赤いびろうどのカーテン、絨毯。大きな、重そうな、赤と金の椅子が4つと、まん中には金の細工の縁取りが施された、ガラスのテーブル。 
「ほんと、シュミ悪いよねぇ」 
 やれやれ、とばかりに、ため息交じりの声を続けたのは眼鏡の少女。 
「この奥がベッドルームと浴室だけど、こんなに煌びやかじゃ、落ち着かないよねぇ」 
 室内をひとまわりして、金髪の少女。 
「ここに座ろうよ、椅子だし」 
 レツィタティファが、アリエの背を押す。ふわぁん、いままで感じたことのないような弾み方。いちど座ったらこれ、立てないんじゃないでしょうか。 
「ルネ様、じゃなかった先生、座っているお姿も、めちゃくちゃ絵になりますね」 
「そうかい?」 
「貴族様みたいですぅ。お会いしたことはありませんけれど」 
「そっか、ありぃはずっと、村の暮らしだったんだもんね」 
「はい。魔法学校のそばの小さな村で育ちました。だからわたしは、村と、学校しか知りません。こんなお屋敷が世の中にあるなんて、なんだか信じられないです」 
 アリエは胸の前で指を組み、ほぅ、とひとつため息をついた。 
「この分じゃ、食事のほうも期待していいかな?」 
 ルネが目を細めて言った。 
「そうですね。さすがに毒は入っていないでしょうね」 
「毒入りだったら、解毒はザーレ君に頼むよ」 
「はい、頑張ります」 
「なんて、ね」 
 ふっ、ふたりの顔から笑顔が消え、少しの沈黙ののち、 
「ルネ先生、ここが誰の屋敷だか、心当たりはありますか」 
 ふむ、というように、ひとつ頷いてから、 
「ザーレ君は、見当がついているんじゃないか」 
 お互い、囁くような声。 
「推測ですが、」 
 ひと呼吸、おいて、 
「ドウラム氏ではないでしょうか」 
 さらに慎重に、声のトーンを落とす。 
「ほう。どうしてそう思った?」 
「二階に上がってくるとき、肖像画がありました。まるで、王様のように着飾った男の絵。それだけじゃありません。廊下のあちこちにも、同じ男の絵。見覚えがあったんです、男の顔に」 
「それが、ドウラム氏だと」 
「はい」 
「良い読みだ。おそらく、当りだろう」 
 少しうなづきながら、ルネ。 
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