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「先生は、どうして?」
「あの、依頼品の使い道を考えていたんだ。水を吸って、よく燃える。それで、なにが出来るかってね」
腕を組み、目を細める。
「何でしょう、まさか、ここの調理に使うわけじゃ?」
「ザーレ君、火薬、って知っているかい?」
「かやく? さぁ、存じません」
「わずかな刺激で、爆発をする薬品さ。あまり目にすることはないけれど、実は、都市部なんかでは、ある道具といっしょにずいぶん出回っているんだ」
「ある道具?」
「銃、だよ。火薬の力で金属の塊を飛ばして、相手を攻撃する武器だ。片手で扱えるほどの大きさだけど、その威力たるや、一瞬で遠く離れた石を砕くほどだ」
「そんなものがあるんですね。ぜんぜん知りませんでした」
「魔法使いにはあまり必要のないものだからね。けれど最近、この魔物騒ぎを受けて、魔法を使えない人たちが、身を守るためにずいぶん持ち歩くようになってね。不思議だと思っていたんだ。まるで、魔物騒ぎに合わせたかのように突然、銃という新しい道具が、しかも大量に現れた」
レツィタティファはじっと、話に耳を傾ける。
「それで、少し調べてみたら、銃を売りさばいているのが、ドウラム商会だと分かった」
「では、わたしたちの集めたあの石は」
「おそらく、火薬の原料じゃないかな。ここがもしドウラムの屋敷だとしたら、ひょっとしたら近くで、火薬や銃を作っているのかもしれない」
「わたしたちは本当に、体よく利用されていたんでしょうか」
眼鏡の奥の瞳が、困惑の色を浮かべる。
「ドウラム氏の、あまりいい噂を聞きません」
あたりを伺うように視線を動かし、レツィタティファ。
「この国で、1、2をあらそうほどの大富豪。でも、お金儲けのためなら、人殺しでも喜んでする、と」
「わたしも、聞いたことのある話だ」
「わたしたち、無事に帰れるんでしょうか。ねぇ、ありぃ」
少女が、傍らの親友に顔を向けた。
「って、ありぃ! おしっこ我慢してるでしょ!」
椅子に座ったまま、背中をきゅうと丸め、その白い膝がぴったりと合わされ、いや、もじもじと擦るような動作。結ばれたくちびると寄せられた眉、はた目にも、限界間近、と言った様。
「ここでおもらししたら大変だよぉ! どうしてもっと早く行かないの!」
「だっ、て、、、」
吐息すら苦しそうに、見上げる少女の目が潤む。
「もういいから! 早くトイレ行く!」
部屋に溢れる、物言わぬ陽光を震わせるように、少女の声が響いた。
「お手洗いは右の部屋、浴室のとなりだよ」
「は、はい」
よろよろ、少女が立つ。細い指が、少女のスカートの上、その場所にぎゅう、押し当てられる。そのまま、よろよろよろ、膝をくっつけたまま、隣の部屋へと消えた。
「まったく、ほんとにあの子はぁ!」
おもわず立ち上がったレツィタティファだったが、そういうと、どかっ、椅子に腰を落とした。
「いい子なんですけどね。どうも、遠慮のかたまりと言うか、言いたいことが言えないんだよねぇ。たぶん、わたしたちが話しこんでいたから、気を遣ったつもりで」
顔をくしゃ、としかめて、まるでひとりごとのように、言う。
「でも、芯の強い子だよ。どんなに厳しい鍛錬にも、決して弱音を吐かない」
ルネが、少女の消えた扉のほうを見やり、言った。
「そうですね。頑固と言うか、無茶と言うか、そういうところ、ありますよね」
少し笑うように、レツィタティファが重ねた。そうだ、わたしは何度も、あの子に助けられている。普段はこんなに、放っておけない子なのにさ。
「ところで、ザーレ君。君はどうして、ドウラムの顔を知っていたんだい?」
静けさの戻った部屋。
「えーと、その」
声の調子は、普段と変わらない。けれど、先の言葉が続かない。
「ああ、いや、別に、無理には聞かないけれど」
少し慌てた様に、ルネが続ける。
「いや、別に、言えないことでは、ないんですけれど」
言葉を探していると、おずおず、少女が部屋へと戻った。少しうつむいて、恥ずかしそうな上目づかい。んっ、その顔、見ると、なんか切なくなっちゃう。放っておけないって言うか、ついかまいたくなっちゃうって言うか。かわいいな、ありぃ。
「間に合った?」
レツィタティファの柔らかい声。
「は、い」
「三度目の正直、かな?」
ルネの口元も緩む。
「あの、その、着替えてきますぅ」
少女は両手をスカートの前で結んでうつむいたまま、ふたりの前を通り過ぎ、自身の鞄へと向かう。
「え、もしかして、やっちゃったの!?」
がば、眼鏡が飛びそうな勢いで、少女はからだを起した。
「お手洗いまでは間に合ったんですぅ。でもぉ、座る前にぃ、」
ぐすん、すすり泣きに、言葉が消えていく。
「それは間に合ったって言わない! まさか、絨毯とか濡らしてないよね?」
「はい、お手洗いの床はタイルでしたので、拭いておきました」
部屋の隅で小さくなって、下着を替えながら、アリエ。
まったくほんとにこの子はぁ! 替えの下着、10枚で足りるかな、、、。
「大丈夫? ちゃんと着替えた? 服は濡れてない? 靴下は?」
眼鏡の少女がからだを伸ばす。
「はい、大丈夫です。たぶん、、、」
ふたりのもとに、肩をすくませて戻る少女。親友は立ち上がり、その頭を撫でた。
「よしよし、良くできました」
「ちぃ、、、」
アリエがレツィタティファの胸に頭をあずけるのと、レツィタティファがアリエの頭を両腕で包むのとはほとんど同時で、親友の嗚咽を顎の下で受け止めながら、少女はちら、ともうひとりの方へ視線を流した。視線の先の少女は、腕を組んだまま窓のほうへと顔を向けていた。
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