『W.N.P.』

−1−
 これは、奇跡みたいな本当のお話。
 わたしたちは、いくつかの偶然が重なって、本当に素晴らしい夜を過ごすことができた。
 ちょっとややこしいから、順番に説明するね。
 わたしは、倉田えみり。17歳、高校2年生。わたしのお父さんは外国の商社に勤めていて、お母さんは通訳の仕事をしているの。2人とも1年じゅう外国を飛び回っていて、もちろん英語もフランス語も、中国語だってぺらぺら。わたしも一応、中学まではイギリスにいたから、まぁ、それなりに英語は話せるの。
 夏休みの始めのこと。
 お母さんは、知り合いにある頼まれごとをしたの。頼んだのはリタ。日本で小さな英会話の塾を開いている素敵なお姉さま。
 塾の夏期講習があるんだけど、リタはどうしても用事があって、1日だけ、講習を開けない日があった。その日だけお休み、も考えたそうなんだけど、どうしてもその日がいい、っていう生徒さんが3人いて、リタは困った末、わたしのお母さんに替わりを頼んだの。そしたら、お母さんもどうしても用事があって、なんと、わたしに替わりの替わりをしろって言ってきたのよ!
 塾の講師なんてやったことないからムリ! って、わたしは言ったんだけど、大丈夫よ、エミリーは十分英語が話せるわ。いつも家で話しているのと同じように、普通のおしゃべりをすればいいのよ、だって!
 わたしはとっても緊張して、前の夜はよく眠れなかったわ。当日だって、授業が始まる前に3回もお手洗いに行ったの! もぉどきどきして、何を話そうか、うまくできるだろうか、生徒さんたちがお教室に入ってくる間だって気が気じゃなかったわ。
 その日、やってきた生徒さんは予定通りの3人。わたしにとって一つ目の幸運は、3人とも私と同じ、帰国子女だったこと。おかげで、難しいことを考えず、ふだん家で話しているのと同じような気持ちでおしゃべりすることができた。
 二つ目の幸運は、3人とも女の子だったこと。歳も近かったから、どこのお店の何がおいしいとか、どこの服が好きだとか、好きな音楽は何、とか、おしゃべりが始まったらすっかり和気あいあい。
 小学5年生の花園あんな、中学2年生の横溝なおみ、そして高校1年生の澤田じゅりあ。
 わたしがいちばんお姉さんだったから、まぁ、講師としての面目は保てたかな?
 それでね。おしゃべりをしていたら、とんでもないことが分かったわ。これが三つ目の幸運。いいえ、もしかしたら、奇跡。
 夏休みはどうするの? 家族で旅行? それともお友達とキャンプ? 何気なくそんな話をしたら、なんと3人とも、一度もお友達とキャンプに行ったことがない、って言うのよ! びっくりじゃない?
 でも、もっとびっくりしちゃったのは、3人がキャンプに行けない理由。
 実はね、わたしも、お友達とキャンプに行ったことがないの。キャンプだけじゃない、旅行だって、お友達と一緒に行ったことはない。だから、だからね、わたしピンと来たの。もしかして、もしかすると、3人がキャンプに行けないのは、わたしと同じ理由なんじゃないかって。
「どうしてキャンプに行かないの? 一緒に行ってくれるお友達がいない?」
 わたしは、なるべく慎重に聞いてみた。3人とも、明るくてかわいくて、いくら帰国子女だからって、とても友達がいなさそうには見えない。
 アンナは、誘われたことがないから、って、肩をすくめながら言って、ジュリアは、キャンプに行ってくれる友達がいないのよ、って。ナオミは確か、黙っていたわ。
「じゃあ、お父さんやお母さんが厳しいの? お泊りはだめって」
 それもある、ってアンナ。ジュリアは、キャンプって森の中に泊まるでしょ? そうしたら虫が来るでしょ? わたし、虫苦手なの! ってしかめっ面。ナオミは、もうこの話、やめない? って顔。
「キャンプじゃなくても、お友達とお泊りするの、きっと、楽しいよ」
 きっと楽しい、きっと。だってわたしも、お友達とお泊りしたことないから。
「お泊り、してみたいな」
 アンナがぽつりと言った。虫が出ないところならね、って、ジュリア。ナオミはやっぱりむっとした顔のまま、
「お友達とお泊りしたくったって、出来ない人だっているんです」
、きっぱりと言った。
「どうして? 良かったら教えてくれる?」
 わたしは、ナオミの目を見て言う。彼女はちょっとにらむような眼をして、
「どうしてそんなこと聞くんですか。答えたくないことだってあります」
 ぐっと気持ちをこらえるみたいに言って、だからわたしも、どうしても確認したくて、
「お友達にも言えない、お泊りの出来ない理由があるの?」
、なるべく静かに、尋ねる。
「もうやめて下さい、この話」
 少し黙ってから、彼女は言った。怒っているわけではないけれど、彼女の口調に、アンナとジュリアは黙ってしまった。それから、わたしを見る。
「あのね、わたしも、お友達とお泊りに行ったことがないんだ」
 わたしは、きっと今まで友人の誰にも言ったことのない秘密を、話そうとしていた。
 わたしのせいで重たくなっちゃった空気を変えたかった、っていうのもあるかもしれないけれど、そう、わたしたち4人は同じ理由でキャンプに行けないんじゃないか、って、ずっと、そんな気がしてたから。
「わたし、おねしょするんだ」



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