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 おねしょ。
 その言葉に、ぱっと目を見開いたアンナ。口を少し開けて何か言おうとして、両手で覆った。
 わぁお、ジュリアは大げさに両手を広げて、首を振る。
 ナオミは、信じられない、といった表情。じっとわたしの目を見ている。わたしは、仲の良い友達にさえ言えなかったことを、初対面の、しかも3人を前にして口にしたことに、胸の奥をこちょこちょされているみたいな気持ちになったけれど、でも、その次の、彼女の言葉のほうが気になった。
「週に何回くらいですか」
 少しの沈黙のあとそう言って、彼女は目を泳がせた。
「まちまち、かな。2週間しない日もあれば、3日続けてしちゃうこともある」
 わぉ、わたしは週イチくらいだよ、ジュリアが、にやりとしていった。
「寝るときは、その、どうしているですか? その、布団とか」
 顔を真っ赤にして、アンナ。
「おむつ、してるよ。日本の夏は雨が多いでしょ? 布団干せない日もあるからさ。アンナも?」
「いいえ、私はその、そんなにいっぱいじゃないから、防水シーツだけで、」
 って言って、またはっ、口もとを両手で覆った。
 さっきとは違う、なんだかわくわくするみたいな沈黙。すごくどきどきしてるのに、なんだかそれが、楽しいみたいな。
「信じられません、わたしの他にもおねしょしちゃう子がいるなんて」
 ナオミが目を泳がせたまま、言う。それからうつむいて、
「おねしょしちゃうなんて、わたしだけだって、ずっと」
 それはとても小さな声で。
「そうだよね。わたしも、どうして自分はおねしょしちゃうんだろう、って、ずっと思ってる。情けなくて、泣きたくなるときもある。お友達と、キャンプにもお泊りにもいけない。こんな自分が嫌だなって、思う」
「しょうがないじゃん、しちゃうものはしちゃうんだから」
 ジュリアが言った。
「澤田さんはすごいですね。わたし、そんな風に思えないです」
 アンナがジュリアを見ながら、ぽつりと言った。
「そうだ! みんなでお泊りパーティしようよ!」
 わたしの憶測は確信に変わって、それは、この4人ならとっても素敵なことができるんじゃないか、とても大きなわくわくを生んだ。
「先生、いいの?」
 ジュリアが目を丸くする。
「泊まれるところなんてあるんですか?」
 アンナはちょっと不安そう。
「大丈夫! わたしにとてもいい考えがあるの! ナオミももちろん、来るよね?」
「わ、わたしは、、、」
 顔をあげて、彼女はまた、目を泳がせる。
「面白そうじゃない、おいでよ、横溝さん」
 ジュリアがこつん、と彼女を小突いた。
「決まり! 英会話塾の特別夏合宿を行います!」
 こうして、いくつかの偶然が重なって、わたしたち4人はきっと素晴らしい夜に向けての一歩を踏みだした。
 わたしは大急ぎで塾のパソコンを借りて、夏季特別合宿の案内文を作った。連絡先はわたしのスマホ。それから、お母さんにメールをして、リタに事情を説明してもらうようお願いをした。大丈夫、きっとうまくいく。
 何かあったら、わたしに連絡をちょうだい。当日、素敵な夜を過ごしましょう。そう言って、その日の講習を終えた。
 家に帰ってもわたしは、まだどきどきとわくわくがおさまらなくて、合宿の行程や催しを、夜通し考えた。わたしも、きっとみんなも、初めてのお泊りパーティ。とびきり楽しい二日間にしなきゃ! 居間のソファでパソコンとにらめっこをしていたら、いつの間にか眠ってしまって、その、ソファがたいへんなことになっちゃったのは、ううん、なんでもない!

 そして、当日を迎えた。
 私たちの住んでいる街から電車で三時間。いわゆる避暑地というところに、我が家の別荘がある。ここが合宿場。ここならだれにも気兼ねすることなく、くつろいで過ごすことができる。虫も、たぶんまぁ、そんなにいない。
 お母さんに事情を話したら、あっさりと別荘の使用許可をくれた。だってエミリー、とても楽しそうだったから、ダメとは言えなかったわよ、お母さんは言った。うん、だってわたし、とっても楽しみだったの!
 ここには毎年、家族で遊びに来ていた。でも今年は、お父さんの予定が合わなくて、夏に来ることができなかった。だから、ってわけじゃないけれど、きっと家族と過ごすのとは全然違う、素晴らしいことができるはず! そう、思ったの。
 最寄り駅で待ち合わせ。電車の中、お菓子を食べながらいろんなおしゃべりをして。夕飯はぜったいバーベキュー、って決めてたから、電車を降りたら食材の調達。現地まではタクシー移動。
 ようこそ! 夏季特別合宿へ! 扉の鍵を開けて、わたしは言った。



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