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浴室。春先とは言え、シャワーはなかなか温かくならない。肌に張り付いたおしっこのにおいが水しぶきに交じって飛んでくるような気がした。まさか俺、おねしょするなんてな。
湯気が立ち上るのを目視し、下半身をシャワーで流す。ぞくりと背中を駆け抜ける感覚。嫌いではない。むしろ、好きかもしれない。そうだ、おむつのなかにおしっこが出るときの感覚に似ている。そうか、嫌いじゃないのかも。
かちゃり、浴槽の扉が開いて、髪を束ねてアップにした彼女が現れる。
「背中、流しましょうか?」
シャワーを持ったまま言う。
「うん、流して」
彼女はすぅっと、青年の前に立った。白い細い肩、翼がついていてもおかしくない肩甲骨、明らかにくびれがわかる腰、体格の割にはぷっくりと可愛らしいおしり。熱くないですか、少しずつシャワーで流す。湯気に交じって、先ほどとは違うにおい、けれどそれはあきらかにおしっこのにおい、を感じて、まるで引き寄せられるみたいに、体内で血液が、加速した。
浴室の戸を開く。こもった熱気と二人の吐息があふれ、かわりに冷気が流れ込む。洗濯機はもう止まっていた。
「わたし、先上がるから。はい、バスタオル」
彼女は戸の隙間から小さな体を伸ばしバスタオルを取ると、僕に渡した。それからとん、と浴室を出ると、音もなく戸を閉じた。
擦りガラスの向こうで動く彼女の白い肌。僕はまだ余韻を引きずったまま、その姿をぼんやり、見つめる。
まさか偶然出くわすなんて思わなかった。きっと彼女は、自身の後始末をしに、脱衣場に来ていたのだろう。僕を先に浴室に入れておむつを脱ぎ、僕より早く浴室を出ておむつを穿いたのだろう。
僕の中にまた、二人の僕が現れる。おねしょなんて気にせずに一緒にいて欲しいと願う僕と、一緒にいなくてもいいからあなたを傷つけたくないと願う僕。けれど二人の僕が見つめるのは、あなた一人だ。あなたがそこにいてくれるなら、僕らの些細な願いなんて、叶わなくていい。
彼女は服を着終わったらしい。僕は扉を開け、浴室を出る。彼女はまだ、扉のわきで、目を細めて立っていた。僕が首をかしげると、
「はい、これ。必要でしょ?」
、先ほどと同じ、白い紙製品を差し出した。
そう、ですよね。そうなりますよね。
もしかしたら毎晩これを穿いて寝ることになるのではないか。それはまるで春の夜気のように生ぬるい予感。
「それと、お布団も濡れちゃってるでしょ? わたしの布団で寝てもいいよ。おねしょゆぅくん」
え。考えもしなかった言葉が飛び込んできて、突然足元が立つ場所を失ったような、浮遊感。
星々の間を、僕はどこまでも落ちていく。けれど不思議と怖くはない。白い一すじのひかりが、目の前に、まるで糸のように垂れ下がっている。あれは、彼女のおしっこだ。僕は彼女のおしっこと一緒に落下している。ならば、この先にはきっと、彼女のおしっこを受け止めるおむつがある。だから。
数え切れないほどの白いおむつがまるで花びらのように舞っているなかへ、青年はまっすぐに落ちていった。
*このお話は傘村トータ氏の『垂直落下』に着想を得ました。
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