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「ごめんなさい、って言ったらちぃに怒られますから、ごめんね、って言います」
「なに、それぇ」
「奥さんを幸せにするのが、嫁のつとめですぅ」
「だから、なにそれぇ」
「あれ、言いませんでしたか? ちぃはわたしの奥さんで」
「ありぃは、わたしの嫁、って?」
「そうですぅ」
「確かに、言ったね。言った。ありがと、覚えててくれて」
「忘れませんよ、とってもうれしかったですから」
「ねぇありぃ、これからもずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんです。少なくとも、大学のあいだは、この寮で一緒に暮らせますぅ」
「そうだね、そのためにはまず、大学受からないとね」
「そうですね。わたしはその、塾とか行けないから、独学でなんとかしないと」
「わたしが教えてあげるよ」
「でもそれじゃ、ちぃのお勉強の邪魔になりますぅ」
「大丈夫、わたし、頭いいから」
「さすが、お医者さんを目指す人は言うことが違いますね」
「お互い、できることを頑張るってことで」
「はい!」

 わたしは、すごく人見知りで人と話すのが苦手です。そして、おトイレを我慢するのがとても苦手です。いまでもときどき、おもらしをしてしまいます。おねしょをしてしまうこともあります。人とうまく話せるようになりたい、おもらしやおねしょをしないようになりたい、小さい頃からずっと思っていますが、どれもまだ、上手にはできません。もうすぐ成人なのに、こんな自分でいいのかな、最近特に思います。
 けれど、こんなわたしですが、ひとにはすごく恵まれたと思います。おもらしやおねしょのことを相談できるひとがいます。人見知りのわたしでも好きだと言ってくれるひとがいます。わたしの気持ちを受け止めてくれるひとがいます。これは、とても幸せなことです。ぜったいに、無くしたくないと思います。
 変えたいことと、変わってほしくないこと、どちらもたくさんあって、わたしはずいぶんわがままなのかもしれません。変えたいことも、変わってほしくないことも、どちらも思い通りになんてできなくて、やっぱりわたしは情けないなぁ、流されているだけなのかなぁ、そんな風にも思います。
 そうやって流されているうちに時間とともに何もかも過ぎていってしまう。もしかしたら必要なのは、変わってしまったことも、変えられなかったことも、受け止められるわたしなのでしょうか。
 つらくても、苦しくても、楽しくても、うれしくても、わたしはきっとここにいる。もうすぐこの、常磐緑の制服ともお別れしなければいけません。けれど、今のわたしが感じているこの思いは、これからもずっと、わたしとともにある、そんな風に思うと、少し気持ちが明るくなる、次の一歩を踏み出す勇気になる気がします。
 わたしの、素直な気持ちを言葉にしてみました。あなたが同じように悩んでいるとしたら、ほんの少しでも励ませたらいいなって、願いを込めて。



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