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最後の高音が伸びて、消える。
「おっけー! ほんとよくなったよ、ありがとう!」
自分がなにを言っているのかよく分からない。何かうまいことを言って、
この場を締めよう。そうすれば、トイレに行ける。
「じゃあ、今日はこれでおしまい!」
よし、トイレ!
「とっても上手だったわ、もう一回、男子にも聞かせてくれる?」
え。
教室の一番後ろに座っていたはずの先生が、いつの間にか列のなかにいた。
女子の後ろから、男子が顔を出している。
ぱちん。
一番ちからを入れているところが、弾かれたように震えた。
じわ。一瞬、ほんとうに一瞬だったけど、熱が溢れた。
うそ。
気付かれてないよね。なるべく落ち着いたふりをして、あたりを見回してから、
ちら、視線を落とす。ひざ上まであるカットソー。その下のスパッツは、
ひざから下しか見えていない。きっとだいじょうぶ。だけど。
みんな、先生の方を向いたり、ひねくれたような笑顔でなにか言ったりしていたけれど、
やがてぱらぱらとこっちを向いて、いつのまにかみんな、わたしの合図をまっている。
ぎゅうう。カットソーの裾をにぎる。腰が不自然に前後している気がする。
おなかから二つに折れて、くずれ落ちたくなる。
笑わなきゃ、とっさに思ったけど、頬が硬まって動かないような気がした。
どうしてこんなときに。
先生が恨めしい。
けれど、歌い終わる以外にこの場を逃れる方法はない。
やらなきゃ。
それしか、考えられなかった。
右手を振り上げる。
同時に、ぐうっと顎をあげ天井を見る。
わたし、きっと泣きそうな顔してる。
手を下す。
歌がはじまる。
えがお、えがお。
かかとでリズムをとる。
動いていないと、おなかに抱えた痛みに負けてしまう。
いま一瞬でもちからを緩めたら。
想像できない。
だってそんなことありえないもん。
あってはいけない。
だからぜったいに力をゆるめちゃいけない。
ちからが増えれば増えたぶん、痛みに変わる。
いつまで続くのかな。
終わるまで。
痛いよ、苦しいよ。
人間が、悲鳴を上げるとしたらきっとこんな気持ちだ。
追い詰められて、追い詰められて、どうしようもなくて、全身のちからを振り絞って
叫ばずにはいられない。
叫ばずには。
歌わずには。
ウワーっ、って。
サビに入る。
りえこは歌った。
歌った、というか、いままで出したこともない何かが、体内からりえこの喉を駆けあがった。
どすん。
同時に、そんな音が、からだの中から聞こえた気がした。
おおきなおおきなかたまりが、喉から反動で落ちてきた。
それは、おしっこの袋の真上にぶちあたった。
とぱ、とぱ、とぱぱぱ。
耐えに耐えていたりえこのちからは、そのおおきなかたまりを受け止めることはできなかった。
下着に、あつい熱が広がる。あっ、再びちからを込めようとしても、よりおおきなちからに屈した
りえこの筋肉は、思い通りに動いてはくれなかった。
おもらし。
その単語自体、自分には関係のないことだと思っていた。
意識の片隅に上ることさえなかった。
声を出すたびに、上から、上から、次々にかたまりが膀胱をめがけて落ちてくる。
そのたびに、おしっこは溢れ続けた。
けれど、歌を止めることができない。
からだは解放のよろこびを知ってしまった。
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