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 おまたから、おしりの方へ熱がひろがり、太腿を伝う、膝が震える。
視界が波うっているようで、どこを向いているのかわからない、なのに、 はっきり、わたしを見つめる顔が飛び込んでくる、
みんな、わたしのこと見てる。わたしがおもらししてるから。
 誰かに揺さぶられているみたいに、がくがく、全身が震えて、りえこは崩れるようにその場にしゃがみこんだ。
おしりのしたがどんどんあったかくなる。
まだ歌の途中、おしっこの音、聞こえないかな。

「りーこ!?」

 誰かの声がして、歌が止まって、それからたくさんの女子の声がして。見ないで、わたし、おもらししちゃった。
きっと男子見てるよね、わたしのこと、笑ってるよね。

ばしん。

むねに何かがぶつかった。

とぷとぷとぷ。

「だれですか!」

先生の金切り声。
顔をあげると、みんなが、わたしでない方を見ている。
床に広がったカットソーの裾に、ミネラルウォーターのペットボトルが転がっていて、とぷとぷと水がこぼれている。
りえこには状況が理解できなかった。

「ここ、拭いておくから、りーこ、保健室行っておいでよ。たぶん着換えとかあるから」

肩を叩いてくれたのはりんちゃんだ。

「りえこちゃん、立てる? 一緒に保健室行こうか?」

え。

ぽかんとしていると、彼女は茶色の髪をぐっと寄せて、ないしょ話のポーズ。
「ていうか、わたしも教室出たいんだ。わたし飴もってるの、廊下で一緒に食べない?」

え、え?

「いこ、ね」

うん。

 りえこはゆっくりと立ち上がる。黒のひざ丈スパッツから滴が落ちる。木タイルの飴いろの床に、 水たまりができている。その真ん中に、りえこから転がったペットボトルが倒れている。
 まだ、手が震えている。りえこはカットソーの裾でおしりを隠すようにして、教室を出た。すっかり冷えた下着が重たい。 歩くと、靴下の湿っぽさが伝わる。

「大丈夫? 気持ち悪くない?」
「うん、平気」
なんでこの子と一緒にいるんだろ。
「てゆうかさ、ほんと男子って、ああいうとき使えないよねぇ、まじじゃまじゃない?」
「うん」
何の話してるんだろ。
「あ、これ、グレープでいい?」
彼女はパーカーのポケットから紫色の飴の袋を取り出して、差し出す。
もらっていいのかな。
 真ん中できれいに分けられた、栗色のロングヘアー。そのあいだから、いたずらっぽそうな笑顔が覗いている。 知ってるよ、もてるんでしょ。
「ありがとう」
「あー、りえこちゃん受け取ったぁ、りえこちゃんもきょうはんー。」
なにそれ。
「女の子同士の秘密、ね」
うん。
「あと平気? じゃあ、わたし、さき戻るね」
ありがと。

 保健室。すごい久しぶり。
なんて言えばいいのかな。
おもらししました。ぱんつ貸してください。
ぜったいない。
掃除してて、水こぼしちゃって。
これにしよう。



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