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 一通りお茶を配り終えておしゃべりをして、時計は4時をまわろうとしている。相変わらず、窓からは強烈な西日が伸びている。そろそろ利用者さまがお帰りになる時間、施設の中が急にあわただしくなる。
 女性の利用者の隣に座って麦茶を飲んでいたすずみにひとつ微笑みかけて、近づいてきた若い女性職員の声。
「そろそろお帰りのお時間です、お手洗い、行っておきましょうか」
すずみも利用者に微笑んで、ごゆっくり、声をかける。
「四本さんも一緒にお手洗い、入ってみる?」
 女性利用者の手を引き立ち上がらせていた職員は、思いついたような顔をして言った。
「え、いいんですか?」
つい、小声で答える。初日にもらった手引書には、排泄や入浴をはじめ利用者のプライバシーにかかわることへは関与してはならない、そんな一文があった気がする。
「いいよ、四本さん、すごくいいもの持ってるから。いっぱい見て行って」
ワンレングスの黒髪を後ろで束ねた女性職員は、すこしいたずらっぽそうに笑って、言った。
 すずみは席を立つと、ふたりの後ろに続いた。扉のかわりにカーテンのかかった、個室へ入る。
「そこから見てて」
職員は小声で、カーテン越しにいるように指示。いくらなんでも個室に3人じゃ、きゅうくつだもんね。
「おズボンさげるの、お手伝いしますよぉ」
 わざとらしく丸めたような声。わたしも出せるようになった。
ズボンと下着をおろし、洋式便器に座らせて、あ、懐かしいにおい。これからおしっこするんだ、どんな音かな。何気なく胸をよぎったそんな言葉は、もぐらたたきの要領で出てきたそばから、理性によってつぶされる。何考えてるんだ、わたし。
「では、ごゆっくり、お済みになったらお声をおかけください」
 職員さんが個室から出てくる。それから、いそいそと、トイレの入り口にひっそり置かれている戸棚へ向かって、一番上の棚から白い四角い紙製品を取り出す。

あ。

きょとんとしているすずみの視線に気づいて、職員は紙製品を広げて見せた。
「あ、これ、リハビリパンツ。使い捨ての。穿くタイプの紙おむつ」
知ってる。おばあちゃんも使ってた。
「帰る前にきれいなの穿いといてもらいたいからねー」
汚れてたんだ、さっきの。
 そうだ、懐かしいにおい。おばあちゃんの汚れたリハビリパンツ、ときどきおばあちゃんの椅子のしたから出てくる。母が見つけるといろいろ愚痴っていたけれど、わたしは見つけたら、何も言わずに処分していた。
「使ってみる?」
 職員さんは真面目な顔をして、手にしたリハビリパンツをさしだした。

え。
ばちん、胸のなかで、電流がはじけるような、痛み。




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